画面のこちら側

取り敢えず色々手を出してみる

「Wake Up, Girls!」聖地巡礼

もうTumblrは終わりかな?って感じなので、Tumblrに投稿した駄文をこっちに移していこうかなと。今回は『Wake Up, Girls!』です。

 

WUG!は一時期狂信していたので、帰省のたびに聖地を巡っていたんですよね。

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JR仙台駅 東口

JR仙台駅東口」は、西口に比べると閑散としてますが、それでもひとは大勢いるので、こんなとこで踊ったらさぞ迷惑目立ったでしょう。当時は東西自由通路が工事中だったんですね。現在はお洒落になりました。

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JR仙台駅 西口

JR仙台駅西口」は劇中で仙台駅が出てくると必ず映る場所ですね。記念すべき劇場版第一作やTV版でも多く出てきました。新章でもそれなりに出てたんじゃないでしょうか。I-1 Clubの宣伝用と化したオーロラビジョンは仙台ロフトにあります。

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仙台観光情報センター

仙台観光情報センター」には新章キャラデザの大きなパネルが置いてあります。TV版、続劇場版公開時にも行っていますが、こんなものはありませんでした。WUGも出世したもんです(遠い目)。いつものように聖地巡礼マップが発行されていまして、それによれば期間限定でデザインマンホールもあるようですが、社会人になり気力も体力もなくなったぼくにはそれを回る余裕はないのでパスしました。

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アーケード街

仙台市中心部には幾つかの「アーケード街」が広がっています。TV版EDで仙台七夕まつりの様子が流れていたと思いますが、それがここで開かれます。作中には出てこなった気がしますね。仙台中心部に事務所がある癖に街なかは映らなかったんですよね。そういうとこだぞ。

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るーぷる仙台

るーぷる仙台」は仙台市内の観光地を巡る観光バスです。新章EDに出てきます。乗ったことはないのですが、青葉山を登っている時にすれ違ったので取り敢えず撮りました。う~ん、こんなちょろっとしか写っていないのを聖地として掲載していいのか……。EDにしか出てこないのでまぁいいか。

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勾当台公園

勾当台公園」は、仙台の中心地にあり、近くには役所や銀行などがあるため、お昼時はOLさんなんかが大勢います。また、ステージ付近はいわゆるホームレスのたまり場となっています。という訳で、観光気分では行きにくい感じでした。撮影当時はこんな感じですが、最近は市民に開放された公園という感じで、気軽に行くことができます。

仙台市営地下では駅名表示のキーホルダーを販売しています。該当駅に買いに行くか、定期券売り場で買えます。もちろん、南北線勾当台公園駅のキーホルダーもあります。珍しい自治体公認の聖地グッズです。ぜひ、買いましょう。

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望洋台公園

望洋台公園」は、羽黒台団地の最深部にあるんですが、羽黒台団地は高台というか山にあるので、望洋台公園に行くまでにかなり傾斜のきつい坂を登ることになります。悪いことは言わないので、バスを使いましょう。仙台駅から自転車で行くと辛い思いをします。望洋台公園は閑静な住宅街のど真ん中にあるので、こんなところで歌ったら迷惑以外の何者でもないですね。

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熊谷屋

熊谷屋」は〝ぼくらの主人公林田藍里ちゃん〟の実家のモデルです。林田藍里という時は、必ずぼくらの主人公とつけなければならない。藍里の等身大パネルも飾ってあります。愛されていますね。今でもあるのかな。不安だな。

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学習塾

隣の「学習塾」は事務所のモデルです。どちらも仙台の中心地ですが、前の道路の道幅が狭い割には交通量が激しいので、事故りそうで怖っかたです。モデル通りに仙台中心部にあるのなら、WUGのみんなが仙台市街を散策するシーンを描いてもよかったのになと思いますね。ここらが限界なんだな。

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喫茶ビジュゥ

ちなみに、学習塾の道路を挟んで向かい側に「喫茶ビジュゥ」があります。WUGがよく集まる喫茶店です。ぼくが行った時は定休日でした。

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餃子の天ぱり

餃子の天ぱり」は菊間夏夜のバイト先の一つです。ここに行くのにかなり迷いました。仙台駅の観光案内所で回収したWUG!の聖地巡礼マップ(vol.1もあるんですが、vol.2しか配ってなかったですね)は見辛すぎませんか?

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Crosby

Crosby」はジャズバーで、続劇場版に出てきたらしいんですけど、全くもって記憶に無いですね。多分、社長と愛しのダーリンサファイア麗子が会話するシーンだったような。Crosbyがある建物はバーとかそれに類するものが集まっているビルでして、昼間は普通に怖くてこっそり写真を撮って、逃げるようにでてきました。

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MONACA

MONACA」はWUGのホームグラウンドです。ライブの開催中でないと入れないので、看板だけ写真を撮りました。ジャズバーといいライブハウスといい、看板だけ撮って聖地巡礼でいいのか。いいんだよ。

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青葉城

青葉城」は青葉山にある伊達家のお城です。仙台城が正しい呼び方なですけど、ぼくは青葉城の方が好きですね。新章のバスツアーだけでなく、TV版や劇場版第一作でもちょろっとでてきたんじゃないでしょうか。降雪していて路面が凍結していたので、山を下っている際に盛大にコケました。

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瑞鳳殿

瑞鳳殿」は新章EDで流れてきます。伊達正宗公のお墓になります。要するに日光東照宮です(栃木県出身者の感想)。行った時は修繕作業中でしたので、もう一回行きたいですね。修繕作業後にも行きましたが、どうしてかブレッブレの写真しかなかったんですよね……。

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青葉神社

青葉神社」はアニメ1話で島田真夢とぼくらの主人公林田藍里ちゃんが初詣に行っていた神社です。仙台駅からは驚くくらい遠いので、素直にJR仙石線・地下鉄南北線北仙台駅から行きましょう。近くにある伊達家所縁の北山五山(伊達五山)の方もおすすめです。

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日立システムズホール仙台

日立システムズホール仙台」はWUGの練習場所です。年末なので中には入れませんでした。事務所のある北四番丁駅から電車で数分の距離なんですが、駅前は森林公園しかありません。更に北に進むと山に近づきます。中心部から数分で何にもない田舎になるのが地方都市の良いところだと思います。

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味の素スタジアム

味の素スタジアム」は続劇場版前編で○-nationが開催された場所です。WUGはここでぼろぼろになり迷い、石神井公園で再起を図ることになります。この時はWUG!を信じていたんですが……。この時までは……。

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八木山動物公園

八木山動物公園」は2017年4月にネーミングライツを獲得したハウスメーカーによって洒落た名前になりやがった動物園です。うぇいくあっぷがーるZOO!の舞台であり、新章ではバスツアーで行った場所になります。年末なので入れませんでした。

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八木山ベニーランド

八木山ベニーランド」は八木山動物公園近くにある遊園地です。年末なのでh(ry。近くには敷地内に鹿だか熊だかが出没するという放送局があります。あれ? ここアニメにでてたっけ?って思った人もいるでしょうが、劇場版第一作の冒頭で社長が「アイドルよ! 松田アイドルやるよ!」的なことを叫んでいたシーンで、あの独特なCMソングが流れていましたよね。忘れていた人は観返してみましょう。要するに始まりの場所です。載せるとこがなさすぎて無理矢理聖地認定。

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光のページェント

光のページェント」はアニメのEDに写ってたかなーと思います。光のページェント定禅寺通り勾当台公園からSL広場間の街路樹がイルミネーションで飾られています。仙台の冬の定番イベントなので、勾当台公園に近づけば近づくほど、人が恐ろしく増えます。ですので、写真を撮りたい時はSL広場から、ロマンチックな気分を味わいたい時は勾当台公園から行くといいと思います。写真がぶれているのは、寒すぎて震えていたからですね。決して一人で寂しいからではありません。彼女が欲しいです。

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アニメイトカフェ仙台

 「アニメイトカフェ仙台」は仙台ロフトの最上階にあります。店頭にはWUGの等身大パネルがあって、当たり前のようにサインがあります。仙台にあるWUG関連のものには必ずと言っていい程、サインがありますね。とはいえ、TVシリーズが終了するにつれ、どんどんパネルやポスターが消えていっています。端に追いやられたサイン入りポスターを見る度に涙が出ます。

アニメイトカフェ仙台の一つ下のフロアにはジュンク堂書店があったんですが、いつの間にか文教堂ホビー&アニメガになっていて、ジュンク堂書店を返せよってなりましたね。

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イオン仙台店

イオン仙台店」。東北イオンはWUGとコラボをやっており、テレビを観ていると高確率でCMを観ることができます。初売りのCMなんかは9割方永野愛理(宮城県出身)と奥野香耶岩手県出身)が出ていたものでした(東北地方出身だよと必死にアピールしているところが辛かった)。ポイント五倍の日曜日に行くと、店内の至る所にWUGポスターを観ることができます。

声優ユニットWUGの解散に伴い、東北イオンとの関わりも終わってしまったようです。仙台に帰る度に少しずつ消えていくWUG!の面影に寂しさを感じてしまいます。

 

あとは岡本未夕のバイト先と菊間夏夜の親戚の旅館、例の銭湯や島田真夢とぼくらの主人公林田藍里ちゃんの通っている学校、石神井公園、そしてWUGちゃんが共同生活する一軒家なんかがありますね。どこも遠いからという理由で諦めた記憶があります。でも、大鍋屋旅館は行っておけばと後悔しています。当時は気仙沼と震災は結びつていたので、聖地巡礼なんていうおちゃらけた気分で行っていいのか。とても悩んだのを覚えています。でもWUG!の意義を考えれば、そういうとここそ行くべきだったのではと。

  

続劇場版・前篇までは本当に狂信していたので、よく廻っていたんですね。懐かしいです。新章放送後も廻りましたが、もう七面倒だな、帰ろうかなと思っていました。社会人になり気力も体力も失くなったというのもありますが、WUG!への興味が失せていたのが大きいです。とは言え、WUGが解散した時は流石に驚きました。解散発表前夜には東北楽天ゴールデンイーグルスとのコラボナイターをやっていて、最近のパ・リーグはIDOLM○STERにお熱なのに、よく頑張ってるなーと思っていたので。

でもまぁ、WUG!は間違いなくぼくを壊したもののひとつなので、やっぱり思い入れは強いです。

 

ごめんねWUG! -「Wake Up, Girls! 新章」の感想みたいななにか-

WUG!新章が終わったので感想のような何かをだらだら書いていこうかなって思う。

続・劇場版の感想も前後編とともに書いたし、そもそもはてブ自体WUG!について語りたって思って始めたわけだし。

 

各話ごとのなんとやら

WUG!新章は2017年10月より放送された1クールアニメである。アニメーション制作がミルパンセに変更され、監督を含め制作スタッフが大幅に変更された。ライブシーンも3DCGによるものとなるなど、今までのWUG!とは大きく変わったことになる。このことに限らず、新章全体に通して名前を出してはいけないあの人を筆頭になんやかんや騒いでるようだが(新章第1話放送時にcasまでやって)、あんたはたつき監督にはなれないんだから、大人しくしていて欲しいなとは思う。

「私たち、Wake Up Girls!でーす!」

島田真夢によるお決まりの誰かを幸せにできるには云々から始まった第1話。3つ目を言わないのは最終話で言う気だからだろうな。物語は2015年アイドルの祭典で優勝した2年後を描いている。WUGはその波に乗り東京進出したもののという感じで鳴かず飛ばずのようだ(仙台ローカルで冠番組持ってるくせに贅沢言い過ぎである)。2015年に優勝したのにその後あまりパッとしないとかどこかのプロ野球チームを思い出しますね(白目)。WUG!に限らずアイドル業界は暗雲立ち込めており、I-1の仙台シアターは閉鎖され、シングルの売上を見ても不景気の波が押し寄せていた。

さて、WUG!は今回ファーストアルバムを出すことになる。最初の空白の2年間のあらすじ的なとこを見ると、東京進出はしているようだが楽曲を出している様子は見当たらない。作中だけで言えばフルアルバムをだせるようには見えないのだが……? その販促の布石として丹下社長の号令の下、○ステに出ることとなる。その時の衣装候補として出てきたのが極上スマイルの時の衣装……。やっぱり、新曲出してないだろ。そう、思わざるを得ない描写である。流石にということで衣装は新調することになったが、古い衣装で七瀬佳乃がシュシュを作ることになる。グループアイドルにとっておそろいのアイテムは外せない存在なのだが、苦労しながら夜なべして作っている描写にドジっ娘よっぴー(キャスト談)を思い出しホロリときた。

場面は代わりTV収録となるわけだが、久々だからかTV慣れしていないからか残念なことになるWUG。しかし、問題はそこではない。歌った曲が「7 Gilrs War」。作中の時系列で言えば3年も前の曲である。せめて、Beyond the Bottomではいけなかったのか。インディーズ曲ではないからか……? 3年も前の曲を歌うとか、なんで呼ばれたんだお前らは。

対するI-1はというと、こっちもこっちで酷い。披露した楽曲は「止まらない未来」。2年前の曲である。舐めてるのか。鳴かず飛ばずのWUGはまだしも、I-1は押しも押されもせぬトップアイドルである。新曲がないわけがない(実際、新曲があような描写は出てくる)。なぜ、歌わないのか。製作の都合でという言い訳はなしでお願いしたい。
肝心のライブシーンについて触れていなかった。今回の目玉の3DCGはちゃんと動いてる。ただ、不気味の谷を超えてない気がする。多分だが顔に比べて全体的に細すぎるんじゃないかと思う。新しくなったキャラデザに寄せているんだろうが、動かすと気持ち悪さというか違和感が拭いきれない。

○ステでの失態で自信をなくしたWUGだが、爪痕ぐらいは残せたんじゃないかと楽観的な部分もあった(マネージャーの松田も含め)。しかし、丹下社長は容赦ない。インディーズで仙台ローカルのアイドルの知名度なんてあるわけがないというわけだ。メジャーデビューしてなかったけ? あの話はどうなったんだっけ?しかしやることも夢も大きいのが丹下社長。ファーストアルバム引っさげ初の全国ツアーと洒落込むことを計画する。続・劇場版で路上ライブとは言え全国ツアーやったじゃないか。ファイナルは地元・仙台スタジアム。それに驚くWUG(と松田)で第1話は終わる。ここで疑問なのだが、仙台ローカルのインディーズのくせに仙台スタジアムを抑えられるものなのだろうか。仙台スタジアム(笑)なのか社長の政治力の賜物か。こればかりはまだ分からない。

大田邦良「訳ありでソースは出せないのだが、男鹿なまはげは解散。赤味噌は存続の危機」

アイドル業界の不況を表した一面ではあったが、TVシリーズといい劇場版といい、相変わらず雑な扱いである。

「ここが私たちのホーム」

懐かしきWUGワゴン。お前生きていたのか……。

そんな想いとともに始まった第2話。全国ツアーに向けて共同生活することになったWUG。煙草の煙と燻らせながら語る丹下社長だが、タバコのヤニを外に捨てるなと言いたい。

話は共同生活に戻り、引越し作業をする様子が描かれる。大家さんが挨拶に来てくれるのだが、大家さんが話してる最中にポーズをとる菊間夏夜。それが人の話を聞く態度か! 久海菜々美は仲間外れになるのが嫌で親を説得したことをみんなから誂われるが、年頃の女の子が一人暮らしするより事務所預かりで共同生活の方が親御さんとしては安心だと思う。更には島田真夢が絶望的に料理ができないことが明かされるなど、WUGの年相応の女の子らしさが描写される起爆剤となりそうな共同生活である。

一方、事務所では丹下社長がWUGを売り出すためにソロで売り出そうとする。一芸アイドルは長生きしないって教わらなかったか? その第一弾として片山実波と菊間夏夜を料理番組へと送り込む。みにゃみ、ガルウィングはやめろ。血の雨がふるぞ。前回の○ステでもそうなのだが全体的にど下手な司会者しかでてこない。TVに対する偏見というか恨みを感じてしまう。何? きみらはTVに親でも殺されたの?

菊間夏夜の元ヤンらしさが出てなんだかんだ受けたが、WUGにはまたも壁が立ちはだかる。Vドルである。早坂情○大陸デビュー。ドヤ顔で語る。あの早坂相が楽曲提供をすることで大きな注目をあつめたのとことだが、今更Vドルって……。時代遅れにも程があると思う。時代はヴァーチャルYouTuberだぞ!放送当時はそうでもなかったが、その後のヴァーチャルYouTuberの大ヒットを見ると先見の明はあったのかも知れない……?

割り箸を割る描写で場転をするという上手い描写でVドルの話は終わり、また菊間夏夜の話に戻る。前回の料理番組が受け、次々にオファーが来る様になった菊間夏夜だが、その影響で太ってしまう。アイドルとして、そして啖呵を切った手前、一人で抱え込んでしまう菊間夏夜だったが、なんだかんだで開き直りあっさり一件落着。片山実波は嫌われたのではないかと不安になったり、かやたんは食べても太らないみにゃみのことを嫌ってるぞこっそりランニングをしたりだとか、アイドルアニメらしい描写だったなと思う。ただ、本当に痩せたいならランニングじゃなくて筋トレがいいらしい。ダイエットのために筋トレをするアイドルが観てみたい。

林鼓子「ねぇねぇ、二人は仙台の名物と言ったら何が好き?」

ぼくは仙台名物ならせり鍋が一番好きですね。

「ポニーテールは本体です」

松田ぁ! 所属アイドルに書類整理手伝わせんな!

次々と活動先が決まる面々。それに向けどこかズレたトレーニングをする様子が描かれる。あめんぼあかいな云々は滑舌のトレーニングだったけな……。声を出すとか腹式呼吸のトレーニングだったと思うぞ。

まずは、久海菜々美と岡本未夕である。二人はいちごちゃんやLuminousもでたことで有名なトーク番組にでる。しかし、二人は司会者の某芸人の酷すぎるフリに対応できずカットされてしまう。対する相沢菜野花はしっかりと対応し、トップアイドルとしての貫禄を見せつける結果となった。しかし、鈴木萌歌もそうだったが、新章とそれ以前とでキャラが大きく変わった印象を受ける。確かに相沢菜野花はへっぽこ番長と呼ばれてはいたが、眼鏡がないと生きていけないんですぅ~などいった頭の悪そうなことは言わなかったはずだ。鈴木萌歌はもっと酷い。彼女はプライドと自信の化身である芯のある女の子だった。だが、今回はどうだ。ただの小生意気なガキだ。ただ、この二人は以前から出番が少ない。ぼくが勝手にイメージを作り上げているだけという可能性もある。しかし、この違和感は次第に大きくなっていく。

ぼくらの主人公林田藍里は仙台ローカルのニュース番組の位置コーナーを、七瀬佳乃はモデルの仕事を始める。仙台ローカルでモデルやってた設定はまだ生きてたんだな。でも、あの頃の尖ったナイフみたに気高く輝いていただったよっぴーはもういない……。

しかし、方々でアイドルらしさを求められ困惑する。先の二人も相まって、アイドルという仕事に戸惑うWUG。東京で生きていけなかった地方アイドルらしさが滲み出たが、さすがの行動力である。ふっきって思い思いの活動を始める。菊間夏夜はブログを、岡本未夕は配信をと行ったように。今更生主かよ。だから今はYouTuberなんだって。全体的に古いぞ。この行動力の高さ、切り替えの早さは丹下社長の愛弟子と言った感じであり、ぼくも見習って行きたいなと思う。

番組出演でもらしさ全開で挑む。ニュース番組にはシャーク林田が現れ、3年前にあれで天気予報とかやってたじゃねーか。今更何驚いてるんだよ。料理番組ではうんめーにゃを民謡調で表すなど、みにゃみの民謡上手い設定も生きていたのか。おばあちゃんも草葉の陰で喜んでいるぞ。新たな一面をだし着々と存在感を増していく。

「美味しい時はうんめーにゃー!」

その異端さもありなかなか仕事が決まらない島田真夢だったが、岩崎志保とのW主演でドラマが決まる。島田真夢は女バスのエース。岩崎志保は美術部員の約であり、どちらも想い人が一緒になる。事故により二人して予知夢を見ることとなり、想い人が被ってしまうのだが、どこぞの司令官を思い出してしまう。無難に上手い絵を描くも、普通すぎて差し替えになる描写が入るなど、これまで多くを語られなかった岩崎志保の露出が増えるのは素直に嬉しい。制作記者会見ではI-1の元センターが主演とあって、かなり意地の悪い質問が飛ぶが、さすがはI-1の伝説的センターに絶対的センター。しっかりと芯の通った受け答えであった。I-1が二人が以下に厳しい環境化を戦ってきたかが分かる。なんだかんだ岩崎志保が博多にネクストストームに愛情を持っていたのが嬉しかった。

順調に進んでいた撮影だったが、突然問題が降ってくる。3代目センター鈴木萌歌の骨折。その穴を埋めるかのように岩崎志保をI-1に復帰させる。だが、以前の白木さんならここで岩崎志保を呼び戻すことをしただろうか。ステージから奈落に落ちるというらしくないことをした鈴木萌歌がセンター失格は分かる(作中の言葉を借りれば運もセンターには必要)。しかし、岩崎志保もセンター失格を押された身である。売上という実力で帰ってきたなら分かるが、ネクストストームは決して順調ではない。それどころか、地方アイドルとしもあんまりである。白木さんはアイドルに対してかなり厳しいものを強いている。だからこそ、トップアイドルを育て上げられたし、彼女らもついてきたのだ。そんな彼がなんにも成せていない岩崎志保を呼び戻すだろうか。前述したが、新章では今までの積み上げてきたキャライメージからズレているとう言うか、ぶち壊している。そんな印象を受ける。

さて、舞台はドラマの撮影に移る。ここらへんから止め画が多くなる。画が動いていないのである。スタッフがとても苦労しているのが伝わってくる。現場はとても甘いらしく、エキストラに参加した新キャラの3人、特に速志歩はエキストラとして失格と言ってもいいことをしていたのにも関わらず、スタッフからの怒声は一切なかった。甘い現場である。神対応をする主演の二人に、というか島田真夢の対応にWUGへの憧れを強める速志歩。画がまともに動いてなかったのも相まって、とても雑に見える描写である。自分たちの背中を追ってアイドルになった娘たちが出てくるというのはアイドルアニメとしてとても重要な話だ。彼女たちの存在がアイドルを輝きの向こう側に連れて行ってくれる。ぼくはそう思っているからだ。だからこそ、丁寧に書いて欲しいのにこの雑さである。怒りが収まらない。

これに限らず全体的に雑である。例えば、I-1のシングル曲の売上の方向がなされるシーンだ。売上を表した棒グラフには16th17thシングルの売上は乗っていない。しかも、ドラマタイアップである新曲の一つ前の曲は続・劇場版での曲だ。Sステでもそうであったが空白の2年間を作中でも空白にしてどうする。そういった細かい所にこそ力をいれないでどうする。雑に描き過ぎである。アニメとは言え、作中では普通に生活があるんだ。ちゃんと生活を感じさせてくれ。作り物感を出しては創作物の敗北だ。

女子高生「肩コリの話とかしないの?」

岡本未夕がドラマの撮影で疲れている島田真夢の肩を揉んでいるシーンでその豊満なものが見えた時、ふと頭に天然な女子高生の声が響いた。

「同じ夢を見てる」

W主演が元I-1センターのドラマの主題歌を歌うことになったI-1。とても屈辱的だと思うが、それをおくびにも出すことなくSステで披露する。小早川ティナは初科白なのに背景が喋っていて、毎回毎回扱いが悪くて泣ける。さて、肝心のI-1の新曲だが、シルエットで全く映らない。こういうところに3DCGモデルが作れませんでしたが滲み出る。

順調に進んでいるドラマの撮影の合間を縫って、博多に帰還した岩崎志保。そんな彼女を笑顔で迎えるネクストストームの3人。志保さんが帰ってきて嬉しいだのなんだのを言っているところに、アイドルとしての一つの道の答えを見た。当たり前だが、岩崎志保が抜けていた間のライブの入りは悪かった。I-1の現状を知っているだけに、心配する岩崎志保に対し、ネクストストームの3人は志保さんが帰ってきてくれたから大丈夫だと返す。大丈夫じゃねーだろ。自尊心はないのか。それでも、アイドルかよ。

???「ネクストストームは岩崎志保ありきのユニットなんだよ」

もっと頑張れ。岩崎志保という絶対的センターの背中を見て育った娘たちがこれでは悲しくなってくる。

話はI-1に移る。業績悪化を受け、地方シアターを次々に閉鎖することになる。地方シアターと掛け持ちの娘がいたり、新潟にもシアターあったりと、そう言えばあのグループアイドルがモデルだったなと思い出す。この時、東北地方を映さなかったのは采配か偶然か……。偶然だろうな。地方シアター閉鎖で悲しんだり動揺したりと、完璧超人の集まりだったI-1にボロが出始める。新章のI-1は良く言えば非常に人間的であり、年相応の女の子である。しかし、だ。早坂相が来たぐらいでレッスンを止めるのはどうなんだ。今までのI-1ならそんなことはしなかったはずだろ。厳しいレッスンに裏打ちされたプロ意識。これがI-1だったはず。

そして今度はWUGに話が移るのだが、背景が喋りだす悪夢がまた始まる。冒頭のダンスシーンと言い、明らかに間に合っていない。1ヶ月くらい休んだほうが幸せになるのではと思うが、名前を出してはいけないあの人がやらなかった総集編を今回のスタッフが挟むわけもなく……。話はそれたがここ最近の活動で獲得したファンをガッチリ掴もうとバスツアーを計画する。アイドル……バスツアー……。うっ、頭が……。仙台を1泊2日で回るそうなのだが、泊で行くほど仙台市内に観光地はないだろと思う。

そして、VドルマキナXがメジャーデビューすることが決まる。それぞれのアイドルに転換点が訪れている話だったのだが、現場が追いついてこないので、もうどうでもいい。

「1人でもWUG!7人でもWUG!」

バスツアーが始まる。弱小事務所のくせにバス2台を貸し切り、ついでに八木山動物公園秋保温泉の旅館をも借りるという大勝負にでる。しかし、新章では上田麗奈さんが取り敢えずたくさん出てくる。上田麗奈の便利屋感が本当にすごい。困ったら上田麗奈。困ってなくても上田麗奈。西海岸のとある野球チームに移籍した某投手みたいな扱いである。

WUG一行は八木山動物公園に移動する。仕事が押して片山実波が参加できない中、WUGメンバーを捕まえて云々という企画物AVみたいなイベントで盛り上がる。そして、一行は今夜のお宿・秋保グランドホテルに。

この回は端的に言って酷かった。特に秋保グランドホテル以降は酷さが加速する。作画崩壊はWUG!の伝統。そう思っていても、これは耐えられない。ネタにされていたTV版を遥かに超えていく。背景が喋りだす。それはもう凄いくらいに。ここまでくれば背景も止め画にすればいいのに、なんだかんだ動くもんだから、観ていて気持ち悪くなる。

そうは言っても話は進み、宴会場でお待ちかねのライブとなる。ここで6話にして新章初のいくぞがんばっぺなんとやらがでてくる。そうまで引っ張った意味はなんなんだ。しかし、片山実波まだ来ない。仕方なく6人でライブを始めるが、ファンクラブイベントに参加するような熱心なファンは納得がいかず、イマイチ盛り上がりに欠ける。そこで、久海菜々美の提案でトラの着ぐるみ(片山実波の担当はトラ)を着て、片山実波のパートを踊ればファンも喜んでくれるのでは、と。

ファンへの冒涜だ。ふざけた話である。しかし、誰も反対はしない。お前らもプロなら賛同するな。

ぼくが怒ったところでアニメの内容が変わるはずもなく、ワグ・ズーズーを歌う。ライブシーンは久々の3DCGなので、とても綺麗に動く。サビに入ろうかというところで、久海菜々美が狼の着ぐるみからトラの着ぐるみに着替えるのだが、どう見ても観客から丸見えである。着ぐるみとは言え、アイドルがライブで使うものだ。もちろん、顔が出てる。なのにも関わらず誰も気づかない。ファン失格だろ。担当アイドルを着ぐるみで判断してるのか。ライブ会場なら証明の力でなとかなるかもしれないが、ここはあくまでもホテルの宴会場である。そんな豪華な設備はない。そして、転んで中の人がバレる失態。普通なら暴動が起きてもおかしくない状況だが、ファンは爆笑の渦。ななみん可愛い。ファンになりそうの一言も聞こえる。お花畑な温かい観客に感謝がつきない。

片山実波も合流し、無事にライブも終わる。速志歩はWUGとの交流の楽しかった思い出を振り返りながら歩いていると、扉が開いた部屋を見つける。隙間から見えるのはWUGの着ぐるみである。興奮のあまり部屋へと入っていく速志歩ふぁが、楽屋代わりに使ってる部屋の扉が開いてるからって入るか普通。人としてもそうだが、ファンとしてもやってはいけない行為だろ。憧れの島田真夢が着ていた着ぐるみに目を輝かせていると、不審に思った島田真夢が部屋に入ってくる。

ここから先は本当に酷かった。それはもう、こんなものを放送するなと思うぐらいに。

速志歩はとっさに着ぐるみに入って隠れるが、島田真夢は見事にこけ持っていたトマトジュースをしろくまの着ぐるみ(担当は七瀬佳乃)にこぼしてしまう。直後にやってきた岡本未夕も加わり、温泉で着ぐるみ洗うことになる。なぜバレない。なぜ温泉で洗おうとする。大事な衣装を汚してしまったのだから、まずは丹下社長か松田さんに連絡するのが筋であろう。業界に長くいる島田真夢がその筆頭だと言うのもおかしい。それにだ。大浴場に持っていくというのもどうか。公共の場所である。そこに着ぐるみを持って洗うなどというのは常識の欠片もない。せめて、ホテルの支配人や従業員に一言断れよと思う。温泉でのシーンも酷い。なぜバレない。とても寒いシーンである。これで笑いを取ろうとでもしていたと言うなら、本当にどうかしてると思う。

繰り返しになるが、この回はスタッフの限界がピークだったと思う。このシーンでも背景が喋りだす上に、背景がズームしたりちょこちょこ入れ替わる。そんなもんだから、どこぞの動画サイトにアップロードされた違法動画を彷彿とさせる。

温泉でのやりとりも適当に部屋でくつろぐWUGメンバー。ファンのひとも喜んでくれたし。私たちも力を貰えたしで、バスツアーやってよかったねと、あんなことさえなかったら普通に良いシーンだったなと思う。そして、突然呟く島田真夢。ぽえみーまゆしぃ再び。

七瀬佳乃「全員揃ったところでとびっきりのニュースがあります。皆さんに一番に伝えたかったんです。」

メンバーの結婚かな?

「特別編 わぐばん!新章」

dアニメストアでは配信されない。今の居住地域をなんだかんだ気に入っていたが、関東地方を離れたことを後悔したのは初めてだった。

「キツい時ほど笑ってナンボ」

I-1に大きな波が押し寄せる。鈴木萌歌センター降格。近藤麻衣キャプテン降格。吉川愛新キャプテン。いとも簡単に崩れていくI-1。この辺りは悲しかった。ぼくはI-1に夢を見ていたんだ。そう思った。

アイドルになりたい思いを捨てられない速志歩は守島音芽と阿津木いつかを誘い、グリーンリーヴスにアイドルやらせて下さいと直談判にいく。当たり前のように断られる3人だが、松田さんが抱えていたチラシの山を目ざとく見つける。松田ぁ! チラシ配りを一般人にやらせてんじゃんねーよ!

無謀にも仙台駅西口にチラシ配りに行く3人。チラシを一枚も配ることが出来ずに帰ってきた女子中学生に丹下社長は厳しく言い放つ。笑顔が上手く出来ずにアイドルが務まるか。きつい時こそ笑えとは剣道部時代を思い出すな(遠い目。

笑顔という大事なことに気がついた3人はめげずにチラシ配りを続ける。なんとかチラシを配れた3人だが、意外とビッグマウスである。WUGにはなかった一面だ。そして、またまた上田麗奈チラシを完パケさせたことを武器にまたもや直訴に行く3人に根参った丹下社長がオーディションをする。結果はまぁあれでしたが、島田真夢の寛大な心と鶴の一声で研究生扱いでアイドルになることができた。チラシ配りの様子を見て、吾妻橋の頃のI-1を思い出したからだと言う。ここだけは汚すんじゃねーぞ。

なんだかんだ連絡を取り合ってる島田真夢と岩崎志保。博多で楽しくやっている岩崎志保に白木さんから連絡が来る。東京に戻ってこい。だから、白木さんは戻ってこいなんて言わねーよ。所属アイドルと連絡なんか取らねーよ。

大田邦良「アイドルとファンの間にあるステージという境界線は決して超えないこと」

誰かさんに聞かしたい至言である。

「進んでるって信じて」

ファーストアルバム、そして全国ツアーに向けて電車内広告を打つ。全国ツアーといい、バスツアーといい、広告費といい、相当な大金を積み込んでいる。これでコケたら倒産だろう。大きな博打である。

ファーストアルバムと全国ツアーの目玉に描き下ろし曲を早坂相に連絡を取っているファ、なかなか連絡をくれないツンデレ早坂相。I-1といいWUGといい、早坂頼みから卒業しろと言いたくなる。

RGRに対し姑とかした社長。それを横目に全国ツアーの内容を考えるWUG。お芝居を入れたいとか思い出したかのようにハイパーリンクをいれてくる。そこへ珍しく仕事を撮ってきた松田さんが飛び込んでくる。NYAONの仙台ローカルCMだそうだ。思い出したかのようなハイパーリンク。そして、チャリティコンサートを開くという。思い出したかのようなハイパーリンク

対するI-1では新キャプテンとなった吉川愛がその重圧に耐えきれずにいた。レッスン後にアイコンタクトで岩崎志保を呼ぶ白木さん。それに答える岩崎志保。そういう関係?博多シアター閉鎖にネクストストーム解散を告げられる。売れないままではと告げる白木さんだが、岩崎志保を戻すという結論は変わらない。鈴木萌歌とのセンター争いに破れ、左遷された地でも成果を見せることができなかった岩崎志保をI-1に戻すだろうか。戻すならI-3ではないか。そう思えてならない。

天下のI-1がこうならWUGもである。ファイナルライブのチケ売上が芳しくない。京進出に失敗したしがない地方アイドルが仙台以外のドームをSOLD OUTさせてる時点で十分凄いと思うが、地元仙台での売上が芳しくないことを心配するアイドル。松田ぁ! 所属アイドルに余計な心配させるな!悩んだWUGは自分たちでできることをやっていこうと奮起する。菊間夏夜のいいじゃん、やろうよが遂にでる。

まずはNYAONのCMイベントに来た人をファンにしようと精一杯踊るが、イベント来てスマホを見てるという何しに来たんだという男性を見つけ絶望する。CMを観てファンになるってよっぽど可愛くないと難しいので致し方ないと思うが、大きなショックを受ける。やはり、最強のツンデレワグナー早坂。相応しくない歌詞だったら没収だぞはーとと条件をつけているが、なんやかんやで楽曲を提供してあげることなる。

しかし、作詞という初めての経験に戸惑うWUG。前回喧嘩してる?っていうアドバイスをしてくださった頼れるTwinkle姐さんも大したアドバイスをくれることなく、更に瞑想していくWUG。

そして、早坂がVドルのために渡米した。

「WUG!と言えば・・・・・・?」

ソロ活動が忙しくなり全体レッスンに集まれなくなるWUG。社会人の基本はホウレンソウだぞ。不穏な空気が流れ始める中、またまた、WUGらしさについて悩む彼女ら。続・劇場版で通った道をまたもや通ることになる。

そんな悩みはメンバー間の軋轢を生む。ハモリパートで主旋律を片山実波にとられる久海菜々美は、せっかくとった歌のお姉さんのしごとも上手くいかない。対する片山実波は絶好調で、その天真爛漫さをと歳が近いこともあり、喧嘩になる二人。

対するI-1では鈴木萌歌が何の脈絡もなく新ユニットに落選する。更に白木さんは集客力のないアイドルの祭典を切り、全国ツアーを開催することを宣言する。直前の開催宣言にも関わらず、アイドルの祭典よりチケットが売れると判断したのはI-1のなせる技なのだろうか。I-1の相談役と化した島田真夢に岩崎志保が弱音を吐く。劇場版で「アイドルが楽しいって真夢が言ってた気持ちが分かった」と曰わった岩崎志保も新章では「真夢がI-1やめた気持ちが分かった」である。

話はWUGに戻る。タチアガレ荘と名付けていたことが判明した家の掃除は、岡本未夕曰く仕事もなく暇な林田藍里が一人でやっていた。このままではとRGRの3人がお掃除をしにいくこととなる。ボードを何の確認もなく消すマイペースな阿津木いつかが映ったりするが、初めてできた後輩に嬉しさを隠せないWUGがそこにはいた。

ドラマ関連番組収録のため東京に言っていた島田真夢が、新幹線に乗り遅れたと全体練習に遅刻する。納得がいかない七瀬佳乃はその理由を追求するが黙秘権を行使する。泣きっ面になんとやらで、焦ってシュシュをなくしてしまう。これが拍車をかけ、二人のなかは険悪ムードになる。もう一組喧嘩していた二人がいたが、冒頭以外ではこれっぽちも触れられない。チームの軋轢を仕事に持ち込む七瀬佳乃だったが、吉川愛は持ち込むことなく仕事をこなし、トップアイドルとしての実力が垣間見えた。

キャプテン同士(正確には七瀬佳乃はリーダーだが)話を交わす二人だったが、吉川愛の何気ない一言で真実を知る七瀬佳乃。真実を知った七瀬佳乃は島田真夢を追求するが、不倫を疑う彼女と追求される彼氏にしか見えなかった。なんやかんやでシュシュも見つかり仲直りする二人だが、TV版では1話引っ張ったくせにあっさりと仲直りするので、チームの危機だとかWUGらしさを追求するような展開には全く見えなかった。更に冒頭以降全く触れられなかった片山実波と久海菜々美も知らぬ間に仲直りしており、全体的に雑である。チーム間でのコミュニケーション不足解消のために、交換日記という一昔前の女の子みたいなことを始める。

島田真夢「しほは昔の私。守れたい人を守れなかった」

吾妻橋の頃の話やこの頃の話が描かれることはもう一生ないだろうな。悲しくもあるが、今の現状を見るにそれが一番幸せだとも思う。

「新芽を出せ!」

開幕上田麗奈。Vドルがアメリカの大手IT企業と提携し、全米ライブを敢行することなる。ニュースキャスターはVドルがアイドル界を取る日も近いと言っていたが、無理だと思う。ぼくの勝手な偏見だがドルオタには受けないだろ。ドルオタが一番嫌いそうじゃないか。

なんとか歌詞を完成させたWUGだが。早坂は「イモはイモでいいけど」と滲み出るWUGへの愛厳しい評価を下す。ここでWUG全国ツアーの開催箇所が見られるのだが、盛岡でライブを行うようで、新潟はまだしも盛岡で……?と疑問が浮かぶ。

マキナXの披露会見後の会食で、マキナXは大成功だと大はしゃぎなIT会社社長に、早坂相は単に目新しかっただけですよと冷たい。早坂の言う通りだと思うが、これすらも分からないって大丈夫か。その程度でよく自分の会社を大企業にできたな。そして、早坂に会いたい人がいるとノートPCがでてくる。ダルマの老人である。劇場版後編でもいなかったことにされた鎌倉の老人が突然出てくると流石に驚く。

マキナXというか米大手IT会社企業のお金の力は留まることを知らず、WUGのTV出演キャンセルさせ、マキナXをねじ込むという暴挙に出る。お金の力ってしゅごい。

WUGのアンダーに言い訳ばかり言って、レッスンに加わらない研究生にイライラしたりしていると、WUGが丹下社長に宣伝のためにゲリラ路上ライブやらしてくださいと直訴する。結局君らはそこからなんだなと感慨深くなる。ビルの屋上でライブをしたり、仙台に屋上を開放してるビルなんてあったけな……?ハイパーリンクはどうした。岡本未夕が勤めていたメイド喫茶でライブをしたりと精力的に路上ライブに励む。劇場版や劇場版後編ではもっと過酷な場所でやっていたのに丸くなりやがって。LUVYAも外見が変わったなーと思っていると、岡本未夕は解散したはずの男鹿なまはげーずのチラシを見つける。なぜ秋田の地方アイドルの宣伝チラシが仙台のメイド喫茶に置いてあるのだろうか。確かに岡本未夕は私がお世話になったメイド喫茶と言っていたので、仙台にある岡本未夕が元いたメイド喫茶だと思うが(外装は違えど内装は以前のままだったと思う)……。岡本未夕は嬉しさや感動に押され、男鹿なまはげと自信の配信番組でコラボする。同じ地方アイドルとして感じるものがあるのだろう。もう少し早くこの路線を出しておいて欲しかった。

ゲリラ路上ライブなどを通してWUGらしさを掴めたWUGはあれよあれよと言う間に歌詞を完成させる。及第点だ。歌っていいよと。わざわざ電話で報告する早坂相。本当にWUG大好きなんだな。

そして、マキナX陣営による仙台スタジアム買収。TV番組の出演権どころか仙台スタジアムを買収って、米IT企業のマネーパワーの恐ろしさが止まらない。しかし、I-1ドームならまだしも、仙台という田舎のスタジアムを買収する意味はあるのだろうか。描かれていないだけど、大阪や名古屋、福岡も抑えてあるのだろうか。

「私たちにできること」

買収問題に太刀打ちできるはずもなく、仙台スタジアムでのライブが中止になる。現実だったら大問題だが、WUG(と大田)以外対して話題にしていないのはいかがなものか。

博多シアター閉鎖にネクストストーム解散が執行される。I-1に戻る岩崎志保に欠けたネクストストームメンバーの一言一言が泣ける。完全にI-1のご意見番と化した島田真夢は岩崎志保を慰めるため、吉川愛と岩崎志保に会いに行く。元カノに会いに行く彼氏とついていく彼女。何を言っても白木さんの命令は絶対だから、一度決めたことは絶対やるからの一点張りの岩崎志保。白木さんのアイドル論が正しく伝わっていないことに悲しくなるが、白木さんを説得するため島田真夢は単身彼に会いに行く。この時、丹下社長が白木さんに電話することになるのだが、ここはもう一声あっても良かった。白木さんのもとでアイドルをしていてたという設定が唐突に続・劇場版で明かされたのだから、それを活かしても良かったのではと思う。

白木さんと徹底的にアイドル論を戦わせる島田真夢だが、白木さんは意に介さない。アイドルの前に一人の人間です、WUGは7人いるから完璧なパフォーマンスができると食い下がる島田真夢。

白木徹「アイドルに必要なのは連日の徹底した努力とそれにともなうメンタル。アイドルに馴れ合いなんていらない」

白木さんはアイドルを人間として見ていないわけじゃない。あくまでも、プロとして見ているわけだ。人はアイドルに女の子らしさや可愛らしさを求めているわけじゃない。アイドルを求めている。そう、白木さんは思っている。アイドルはなるものじゃなく、作られるものだ。ぼくはそう思っている。しかし、白木さんはアイドルは作れると思っている。だからこそ、I-1を作ったのだ。そうではないのか。

島田真夢の白木さんとのバトルは週刊誌にすっぱ抜かれる。WUGは白木さんの策略だと起こり、I-1は週刊誌如きに踊らされる。ふざけた話である。あのような厳しいアイドル論を持っている白木さんが黒い芸能プロダクションのようなことをするわけがないだろう。そして、I-1である。堕ちるところまで堕ちたものである。週刊誌如きに何を騒いでいるのだ。かつての鬼軍曹近藤麻衣であったら、他のメンバーを叱っていただろう。そんな中、新キャプテン吉川愛だけは揺るがない。そうだ、それでいい。それが本来の君らの姿だろう。そんな折、I-1を脱退した岩崎志保の代わりにセンターユニットに参加する鈴木萌歌。鈴木萌歌はいつだってお下がりだ。プライドの塊たる彼女はとても悔しいだろう。それでも、鈴木萌歌は歩みを止めない。お下がりで満足する彼女ではないからだ。

ファイナル会場が中々決まらないWUGに朗報が訪れる。ファイナルの会場はなと仙台空港跡地……跡地!? いつの間に仙台空港は潰れていたのだろうか。現実とのハイパーリンクを謳っているWUG!のことだ。仙台空港閉鎖の情報でも掴んでいるだろう()。驚きを隠せないが、話は特に説明もなく進んでいく。会場作りを女子高生と女子中学生だけでやるという荒唐無稽なことをやったり、マキナXのクリスマス・イブ日本ジャックライブに対抗して同日に地方アイドルで同時ライブやろうと提案したり、と。もう、面白いくらいにぽんぽん話が進んでいく。

初めてできた後輩が可愛くて仕方がないWUGは、RGRの3人をライブに出したいという。WUGの我が儘に根参った丹下社長はTwinkle姐さんが作った楽曲を出す。前座でこれを歌えというわけだ。なんだかんだ丹下社長は甘いのである。この下りでRGRのユニット名が雑に決まり、雑に紹介されたのは酷かったと思う。アイドルにとってとても大事な自己紹介パートがあれでは、本当にアイドルアニメを作っているのか不思議に思う。そもそも、こんな終わりまで引っ張るのであれば、事前に名前なんて後悔しなければ良かったのにとすら思う。

「明るいほうへ」

開幕上田麗奈。マキタXばりの起用である。漸く始まったWUG全国ツアーファイナル公演。関係者席(笑)にはTwinkle姐さんや仮設住宅で暮らしている片山実波の祖母とそのお友達も来ており、TV版を観ていた人には懐かしい面々が観られる。おばあちゃん達設定は生きていたのか。しかし、客のみんなが薄着である。冬の仙台の寒さを舐めてはいけない。この時期の屋外ライブでその格好では死人が出てもおかしくないと思う。

前座としてでていくRGRの3人。とても緊張している様子や屋外ステージは劇場版を思い出させる。ここでぼくらの主人公林田藍里さんの成長っぷりが観られる。緊張している3人にシュシュを渡す。それが力になり……だと良かったのだが、そこに待っていたのはまた茶番だった。最終回の、最後のライブシーンの前の前座でこの茶番は流石に怒りが収まらない。ライブシーンは目玉の3DCGであり、いつだかのI-1とは違いCGモデルが間に合っていた。

RGRのライブも終わり、次はお待ちかねのWUGのライブが始まる。この時、島田真夢が速志歩の肩を叩いていく描写は良かった。ライブは七瀬佳乃の名前を出してはいけないあの人の歌詞批判から卒業生の贈る言葉が始まる。メドレー曲を流すとかアイドルらしいことやってるじゃないか。3DCGのライブは最終回だけあって力も入ってるし、相変わらず曲もいい。もう歌だけ歌ってろ。

そして、I-1である。誰よりも激しく。誰よりも美しく。誰よりも正確に。お決まりの言葉から始まるライブだが、新章のI-1を観ていると、とても空虚な響きに聞こえる。あの頃の気高かったI-1はもういない。

真のセンターを発表することになるのだが、プレゼンターはマキナXだと言う。米大手IT企業の資金力はI-1をも飲み込んでいた。真のセンターに選ばれたのは鈴木萌歌だが、彼女には喜びも何もなかった。私は誰にも負けない。そう涙した鈴木萌歌。そうだ、それでいい。それこそがI-1クラブであり、鈴木萌歌なんだ。

ここで電波ジャックが起き、全国で同時ライブをしている地方アイドルの映像が流される。普通なら暴動が起きてもおかしくないのだが、誰も気にしない。それどころか、島田真夢がよかっただの、岩崎志保が頑張っているなどがネットに書かれる始末。新章はネットやオタクがお花畑であり、TV関係者を悪意ある演出で描いている。スタッフが誰を憎んでいるか分かってしまうような描き方だ。いや、オタクはこういうのが好きでしょ?と思ってるのかもしれない。兎に角、不愉快である。

WUGやVドルのライブでは降雪と寒波でシステムがダウンする演出が始まる。意味が分からない。都内で「八甲田山死の彷徨」をやったあのアニメがマシなレヴェルである。そして、謎のジャンプ。何がしたかったのかよく分からないまま、物語はクライマックスを迎える。予想通りの島田真夢の誰かを幸せにする云々だ。

 

ぼくが愛したWUG!はもういない。

 

 島田真夢「みなさ~ん。灰になる準備はできてますか~」

スタッフもぼくも誰一人として灰になる準備は出来ていなかった。

 

ごめんねWUG!

新章は名前を出してはいけないあの人が関わっていたWUG!を断ち切るかのような作品だった。そういう意味では、正に新章という感じであろう。高校時代にギャルと付き合っていたことが判明した松田さんのあの科白もなかった。アニメ本編も秋葉原や沼津を舞台にしたあのアニメみたいであった。何もかもが今までとは違っていたのである。それがいいか悪いかはひとそれぞれであろう。しかし、そうまでして生み出したのが、こんなんではあまりにも酷い。

そもそも、Vドルを取り上げた意味は何だったのか。新章ではVドルだからこそできるものがこれっぽちも描かれていなかった。描かれていたのはバックについた企業のマネーパワーだけである。これならアジアのアイドルでもアメリカのアイドルでも良かった。莫大なお金を武器に強引な戦略なら、外タレでもいいのだ。なぜ、Vドルなのか。そこを描かなければ、何の意味もない。それどころか、ライバルとしても描かれなかった。なんとなく名前がでてきて、大した活躍もなくモブと同じ扱いである。描くべきもの描かず、どうでもいいところを描く。それでは駄目なのだ。本当にふざけている。これは本当に許せなかった。

端的に言って酷かった。それしか言えない。そんな感じだった。では、名前を出してはいけないあの人だったら、こうはならなかったのかそんなことはない。続・劇場版後編の時点でWUG!はもう終わっていたのだ。新章で息の根を止められた。WUG!の妄信的信者たるぼくだが、もうWUG!で騒ぐことはないだろう。アイマスがなんだ、WUG!が最高なんだ。それを言うためだけに、アイドルアニメを観はじめ、はてブまで始めた。だが、もう終わりだ。ついていくことはない。WUG!との決別。それが新章の最大の功績である。

さよなら Wake Up, Girls -「Wake Up Girls! Beyond the bottom」感想みたいな何か-

WUG!続・劇場版後編「Wake up Girls! Beyond the bottom」が公開されたので、感想みたいな何かをつらつら書いていこうと思う。前編での感想も書いたし、後編も書かなきゃなということで。

53分間に及ぶダイジェスト

「Beyond the bottom」の感想を端的に言えば、雑である。良く言えば、ダイジェスト版を観せられている感じである。前編で撒いた餌をただただ雑に回収していく。正直言って、ショックだった。こんなものが観たくて、映画館まで行ったんじゃないんだ。ぼくはWUG!を盲信していると言っていい。だからこそ、ショックを受けたのかもしれない。

都落ちと3代目センター

BtBでは大きく分けて2つの側面から描かれた。I-1clubとWUGだ。I-1clubでは前編で嗾けられた売上の競い合いの結果とそれに伴う変化が描かれた。勝利した鈴木萌歌はI-1clubの3代目センターに就任し、敗れた岩崎志保は博多に左遷される。 都落ちアイドルとなった岩崎志保は、博多でネクストストームを結成し、アイドルの祭典への出場、優勝を目指すこととなる。一方の鈴木萌歌はI-1clubセンターとして、I-1clubを引っ張っていこうとする。

このセンター交代劇を経て、2人は大きく変わることになる。アイドルに対し誰よりも真摯であり、厳しくもあった岩崎志保は一つの答えを見い出す。自分が目標であるというアイドルに出逢ったからだ。元I-1club研究生であり、ネクストストームのメンバーである彼女らとの出会いは岩崎志保というアイドルの救いであろう。直向きに努力し、ただただ走り続けトップアイドルになった娘がその立場に悩むことが描かれる話は多い。2次元アイドルの多くが10代20代の多感な女の子であるからこその壁である。そんな彼女らがまた走りだすきっかけはやはり、自分に憧れてアイドルになったという後輩アイドルの存在だった。自分に憧れ、追ってくるものの存在が、彼女らを輝きの向こう側に連れて行くのだ。ネクストストームは岩崎志保にとって、島田真夢の呪縛から開放してくれた存在であり、彼女が走ってきた道が間違ってなかったことの証明だ。挑戦者となった岩崎志保は、ネクストストームに背中を押され、輝きの向こう側に行くのだろう。劇中、彼女はやっとアイドルが好きになれそうと言った(正確にはその意味が分かる気がするだが)。彼女が輝きの向こう側に向かって走りだしたからこその科白ではないか。そう思えてならない。

鈴木萌歌の方はどうか。こちらはかなり雑に描かれた。そう感じる。次期センターと言われていた頃の彼女は高飛車であり、自信家であった。自分に絶対的な自信があったからこそ、彼女は自由であったし、高いプライドを持っていた。その高いプライドと絶対的な自信が、3代目センターとなった彼女の支えである。アイドル界の頂点に君臨しているI-1clubのセンターという重圧は彼女の想像を絶するものだったのだろう。全体練習で(ほんの一瞬だけ)描かれた彼女からは、絶対的センターであった岩崎志保を髣髴とさせる。小早川ティナと鈴木玲奈の大丈夫?という問いに、間髪を入れず大丈夫と返すその姿は正に岩崎志保そのものではなかったか。彼女から見た岩崎志保は決して凄くはなかったと思う。才能はない。努力で勝ち取ったおさがりのセンター。そういう風に見ていたはずだ。だから、岩崎志保の背負っていたものの重さを知った彼女は負けるわけにはいかなかった。それが後編での鈴木萌歌だ。3代目センター鈴木萌歌は、絶対的センター岩崎志保とは違う道を歩むのだろう。世代交代は美しく面白い。きっと描くことはいくつもあったはずだ。時間的な制約を考えれば、真っ先に切られる話かもしれないが、ちゃんと描いて欲しかったと思う。後編での鈴木萌歌は今まで以上に脇役だった。モブと言ってもいいかもしれない。3代目センターとして、新たなアイドル像を見出そうとしている彼女がこれでは哀しすぎないか。

 強引なWUG

もう一つの側面であり、主軸であるWUGであるが、地元仙台に戻り、雑草魂で巻き返しを図る。楽天選手にあやかって何苦楚魂にすれば良かったのに。WUGは土日の朝昼晩のライブを復活させ、夏休みには知名度アップのためにアイカツワゴンWUGワゴン「ごんちゃん」で全国行脚にでる(聖地巡礼する人は大変だろうな……)。アイカツ!の「ルミナス☆ジャパンツアー」を思い浮かべた人はぼくだけじゃないはず。そして、丹下順子の戦友佐藤勝子に書いてもらった新曲「Beyond the bottom」を引っさげて、アイドルの祭典に挑む。

後編ではアイドルの祭典のレギュレーションの都合上、「少女交響曲」とは別にもう一本新曲が必要となった。頼みの早坂には書かないと言われ、良き理解者であるTwinkleは全国ツアー前の多忙を理由に断られる。そこで登場したのがサファイア麗子こと佐藤勝子である。この佐藤勝子周りはかなり強引な印象を受けた。佐藤がサファイア麗子(WUG結成前にグリーンリーブスに在籍していた最後の一人)だという設定もだが、丹下順子の事務所のお金の持ち逃げの理由となった〝愛しのダーリン〟が佐藤だという設定がかなり強引だったと思う。その借りを理由に新曲の作詞作曲を頼むことになるのだが、果たしてその設定は必要だったか。佐藤勝子は丹下順子の戦友。これだけで良かったはずだ。丹下を庇うことはなかった(この過程で前編で撒いたセイント40という餌を適当に消費してしまったというのも大きいと個人的には思っている)。アイドルだけでなくアーティストにとって、楽曲は大切なものである。現実とのハイパーリンクを謳っているWUG!が、新曲をWUG自身が書くという展開にならないのは分かる。だからこそ、もっと丁寧に書かなくてはならないのだ。これでは書かせる相手がいないから、設定でコテコテに固めて、無理矢理それっぽい人を作ったにしか見えない。

後編では前編で提示された「WUGらしさとは何か」という問題に、現時点での解答として一つの山場を描いた。久海菜々美である。劇中、久海菜々美は父親の言葉で揺れる。光塚か、WUG!か。悩む彼女の背中を押したのは林田藍里だった(前編といい、続・劇場版では僕らの主人公林田藍里さんが大きく成長したことが見られて嬉しい)。島田真夢、片山実波も彼女の背中を押し、彼女は光塚受験のために空港へと向かう。そして、WUGはアイドルの祭典のために東京(実際には埼玉)へと向かう。仙台駅でいつものやりとりをする6人。それに対し、どこか悲しい顔をする久海菜々美。対称的な二組を交互に映すことで、久海菜々美の選択を思いを描く。この演出は良かったともう。ぼくはこういう演出は大好きだ。だが、早かった。久海菜々美が光塚受験を告げ、一大決心をしてWUGに戻ってくるまで、恐らく5分ほど。あまりにも雑である。後編の肝と言ってもいいこの山場をそんな短時間で片付けてよかったのだろうか。仙台駅でのWUGと仙台空港での久海菜々美はあれで良かったのかもしれない。だとすれば、ワンクッション挟むべきだったのでないか。7人から6人になったことでフォーメーションの変更があったはずだ。実際にそれを匂わせる発言は劇中でもなされていた。ならば、それは描いて良かったのではと思う。丁寧であるべき箇所を雑に描いている。後編からはそういった印象を受けてしまう。

雑すぎるアイドルの祭典

そして、物語は最終盤、アイドルの祭典を迎える。これは酷かった。中身がない。おまけにもご褒美にもならない。何のために、アイドルの祭典を描いたのか。前哨戦とでも言うべき、島田真夢と岩崎志保の会話シーン。完全にモブと化した鈴木萌歌が悲しくてたまらなかった。ここでトップ7の中で唯一科白どころか映ってすらなかった相沢菜野花に、ようやく初出番が訪れる(鈴木玲奈も科白がなかったが出番はあった)。TV版では科白の多かった彼女だが、劇場版では不遇である(鈴木玲奈はTV版でも不遇だが)。悲しいことにディフェンディングチャンピオン赤味噌オールスターズは今回は名前しか出てこなかった。ライブシーンの作画は凄かった。ライブシーンに力を入れすぎたのか、ちょっと気になる作画があったぐらいだし。 だが、TV版と同じく細切れになる。ネクストストームやI-1clubのライブパートをダイジェストしておいて、肝心のWUGのライブパートは細切れというのはどうなのか。TV版でもそうであったのだから、WUG!の本質はそこではないのかもしれないが、やはり物足りない。

だが、これはそうでもない。気になる程度であって、取り立てて怒ることでもない。酷かったと、許せなかったと思うのは、エンドロール後に描かれた一枚絵だ。あれ、いるか? 描く必要があったか? 非常に雑で非常に強引な終わり方だったと思う。後編の流れで優勝を描くには無理がある。続・劇場版の主軸を考えれば、優勝を描く必要はなかったはずだ。劇中で大田邦良は「アイドルは勝ち負けではない。だが、勝たなければならない戦いもある」と述べている。確かにその通りだ。だが、それはアイドルの話であって、アイドルアニメの話ではない。アニメに限らず、物語には、書かなくてもいいお話もある。全てを書く必要なんてない。続・劇場版において、アイドルの祭典での優勝は無理に書かなくても良かった部分だったと思っている。はっきり言って蛇足だ。あの一枚絵のせいで、すべてが崩れてしまったと思っている。WUG!が描きたかったこと、WUG!で描きたかったこと。それら全てをあの一枚絵が壊してしまったと感じたのである。

山本寛監督はパンフレットに記載されているインタビューで「[後篇]はすごくあっさりした感じで終わりましたよね。ここで変に盛り上げたり、逆に無理に思わせぶりなエンディングにしたりするのは止めようと思いました。ここで強引にまとめて、次が作れなくなるのが一番恐ろしい(笑)」と答えている。たとえエンドロール後に優勝のシーンを描かずに、例えばWUGコールの中、舞台から客席を見渡すシーンだったとしても、無理に思わせぶりだったり、変に盛り上げたとは思わなかったと思う。むしろ、あの一枚絵で終わったほうが、無理に思わせぶりだったり、変に盛り上げたと感じる。こればっかりは、個人の好みでしかないので、大きくは言えないが。

終わりに

ここまでなんだかんだ書いてきたが、ぼくはWUG!が大好きなんだと思う。この事実は変わらないんだと思う。だからこそ、こんな文章を書いてるんだと思う。もちろん、後編にも良い所はたくさんある。僕らの主人公林田藍里さんを筆頭に、WUGの成長はもちろんのこと、高科里佳にCVがつき動いてることは本当に嬉しかった。林田藍里の部屋にクラッチと思われるポスカード?があるのも良かった。

2015年12月12日に行われた「Wake Up, Girls!Festa. 2015 Beyond the Bottom Extend」では、新プロジェクトも発表された。WUG!はまだまだ終わらないというわけだ。ぼくはきっとこれからもWUG!を追っていくんだと思う。だって、WUG!が大好きだから。特別だから。

 

続・劇場版公式サイト

wakeupgirls2.jp

ありがとうWUG! -「Wake Up Girls! 青春の影」感想みたいな何か-

WUG!続・劇場版「Wake up Girls! 青春の影」が公開されたので、感想みたいな何かをつらつら書いていこうと思います。本当は続・劇場版の公開前にもいろいろ書こうと思ってたんですが、PVが公開された時に心が折れました。後編が観終わってからでもいいかとも思いましたが、そうしたら絶対に書かない未来が見えたので、お酒の力を借りて描くことにしました。

ぼくは岩崎志保さんを応援しています

青春の影」の感想を端的に述べれば、「ああ、WUG!だ。これは紛うことなきWUG!だ」です。ストーリーは綺麗な王道です。王道を王道として書くのは難しい。その点、流石です。劇場版、そしてTV版と全くもってぶれていません。ここらが「ああ、WUG!だ。紛うことなきWUG!だ」と思った理由かなと思っています。

どうせ細かいストーリーはもっと上手い人が書いてくれるでしょうし、もう少し詳しく、感想みたいな何かを書いていこうかなと思います。正直な話、前編後編に分けるのなら、もう少し丁寧に書いても良いのではと思いました。でも、前編のテンポの良さを考えると、あれぐらいが丁度良いのかもしれません。「青春の影」は心地良ぐらいのテンポで話が進みます。このテンポの良さは1時間程度の映画だからこそ描ける書き方なのかもしれません。

青春の影」でもっとも嬉しかったのはI-1clubについて描かれていたことです。スカイツリーの描写(結構ぼくは好きです、あの書き方)から、映しだされるI-1club報告会。そこでの白木さんの科白には痺れました。白木さんのアイドル感。白木さんの徹底的なアイドル哲学はこれまでも描かれてきましたが、アイドル感については描かれてなかったように思えます。だからこそ、あの科白には感慨深いものがありました。

そして、I-1clubのセンター争い。これにも痺れました。岩崎志保のセンターへの思いというのはTV版でも度々描かれてきました。対する鈴木萌香がセンターを狙っているというのも描かれていたので、とうとうかという感じでもあります。

アイドルとは何か。これについて未だによく分かっていません。白木さんのアイドル感。岩崎志保のセンターへの執着。突然の鎌倉の老人。これがぼくのこの疑問の答えの手助けになるのではないかなと勝手に思っています。どういう答えが出るのか、後編が楽しみです。

石神井公園勾当台公園に成り得るか

I-1clubについては書いたので、WUG!についても書こうと思います。今回は、僕らの主人公林田藍里ちゃんの成長っぷりに泣きました。ホテルでのシーンもなんですが、石神井公園で「タチアガレ!」を歌い始めた時は、泣きました。ええ、泣きました。今までの林田藍里ちゃんなら、あの場面で歌いださなかったと思います。でも、どんなに成長ししても、林田藍里ちゃんは林田藍里ちゃんなんだとも思いました。この感じは「青春の影」で丁寧に描かれている印象を受けました。確かに今作のWUG!はかなり成長してます。でも、どんなに大きくなっても、WUG!はWUG!なんだよ。そんな思いを受けました。

WUG!が行き着いた先が石神井公園だというのも興味深かったです。どこかの駅前でも何でもなくて、石神井公園。そう言えば、「7人のアイドル」でもお店の裏や駅までビラ配りにライブをしますが、最後に行き着いた先は勾当台公園でした。演出的な理由かもしれませんが、意図的な対比を感じます。というか、感じさせて下さい。WUG!として活動をスタートさせた勾当台公園。WUG!としてリスタートした石神井公園。心躍るものがあるじゃないですか。

そういう意味では、後編で描かれるアイドルの祭典もいいですね。TV版ではアイドルの祭典を経て、WUG!らしさを見つけました。WUG!を見失っている彼女らが、今回のアイドルの祭典で何を見つけるのかが楽しみでありません。

早坂相とかいうワグナー

青春の影」の早坂さんを見てて思ったのですが、彼は太田くんですね。太田くんより厄介なワグナーですね。アイドル像というのは普遍的ではありません。一人ひとり違うものでしょう。早坂さんには早坂さんのWUG!像があるのでしょう。でも、早坂さんの持つWUG!像は、プロデュースする側の持つそれではありません。消費する側のそれです。それも彼の持つWUG!像は大別すれば保守的です。だからこそ、東京に進出してきたWUG!に苛立ちを隠せないようです。WUG!はWUG!のまま成長していって欲しいようです。WUG!に変化は求めていない。進化を求めているのかもしれません。

石神井公園での早坂さんの言動は、そんなワグナーとしての一面を隠せていないように感じました。東京に染まって潰されいく彼女らに耐え切れず、曲なんて作ってしまうですから。そう言えば、早坂さんはどこまで作ったのでしょうか? 曲だけ? 歌詞も? もしかして、振付まで?

本家のワグナーである太田くんもかなり悩んでいるようでした。彼もWUG!の急激な変化に色々と思うところがあるのでしょう。太田くんは特殊なキャラです。アイドルアニメにしては、かなり丁寧にオタクを描いているのではないでしょうか。アイドルではなくても、自分が応援しているものがどんどん進んでいくことに不安になることはあると思います。そう考えると、太田くんは狂信的なのかもしれません。

この2人のワグナーがどのような答えをだすか。これも楽しみなところではあります。

最後に

読み返してみると、どんどん駄文になっていってますね。申し訳ないです。ただ、皆さんも早く「青春の影」を観ましょう。「7人のアイドル」、TV版を楽しく観た人なら、楽しめるのではないかなと思います。それと「Beyond the Bottom」が楽しみですね。

読まなくてもいいおまけ 他の客に迷惑をかけるのは止めましょうと言うお話

観に行った映画館に迷惑なおじさんがいたんで、そのことを書いておこうかなと思いまうす。別に糾弾したいわけではなくて、誰かに話したり、何処かに書いておかないと、精神的に辛いんで書いておくだけです。

青春の影」の入場特典は、完全ランダムなので、選べないわけなのですが、スタッフの方に難癖をつけて、自分で選んでいるおじさんがいました。もちろん、封書に入っているので、お目当てのものを得られるわけではないのですが、やはりいい感じではありません。スタッフの方は対応に困っていましたし、近くのお客さんに対し切れており、スタッフの方に八つ当たりするという有様でした。

そのおじさんは、上映終了後にも騒いでいました。上映中にガサガサと音がした。静かに見れないのか。金返せとのことでした。ぼくはそのような感じは受けなかったので、そのおじさんの勝手な思い込みだと思います。

別にオタクだからというわけではなく、人としてどうなのよ。一人の大人として、それは駄目でしょというお話でした。

続・劇場版公式サイト

wakeupgirls2.jp

アイドルアニメにありがとうと言いたい

環境が変わり、あまりの淋しさに耐えられなかったので、バンダイチャンネルに課金しました。アニメを観て淋しさを紛らわそうというわけです。まだ観ていなかったアイドルアニメを幾つか観たので、思いつくままに感想みたいなものを、だらだらと書こうかなと思います。

ありがとうアイカツ!

真っ先に観始めたのが「アイカツ!」。ぼくは(色々あって)3rdシーズンから観始めたので、早く1st、2ndシーズンを観なくてはと思っていました。でも、101話か~って思うと、なかなか観れなくて……。気づけば、半年。気づけば、「ありがとうアイカツ!」しか言わなくなった。ああ……。1話を観始めた時は、どれくらい掛かるのかと思っていましたが、1ヶ月も経たないうちに、101話を観終わっていました。恐ろしいものです。

101話まで観た中で一番印象に残っているのは、第7話「つぶやきにご用心」、第89話「あこがれは永遠に」も捨て難いですが、やはり第22話「アイドルオーラとカレンダーガール」ですかね。この回は多くの人が上げる気がします。ラジオのお悩み相談に対する星宮いちごの回答には泣きました。まぁ、泣きました。

まだ、1st、2ndシーズンを観ていなかった時、知り合いから3rdシーズンを新鮮な気持ちで観れるなんて羨ましいと言われました。でも、ぼくは悔しいと思いました。1st、2ndシーズンを踏まえての話が幾つかあるからです。1st、2ndシーズンを観ている人たちは、あのシーンは1st、2ndシーズンのこのシーンと対応している。そのようなことを言うわけです。確かに、3rdシーズンから観始めても話は通じますし、ちゃんと面白いです。でもやはり、ぼくだけ置いてかれているような、悲しい気持ちになりました。しかし101話観た今、彼の気持ちが分かります。あの新鮮な気持ちで3rdシーズンを観ていた頃に戻れないのは、悲しいと思うこともあります。

アイカツ!の良さは何なのか。これはぼくが書くまでもないでしょう。ぼくよりももっと上手い人たちが、きれいな文章で、熱い情熱を持って書いています。ぼくの駄文を読むより、そういう人たちの文章を読んだほうがきっと良いです。

ただ、はっきり言えるのは、アイカツ!を観ましょうということだけです。でも、さすがにこれはないので、気が向いたら纏めるかもです。

AKB0048

リアルタイムで観なかったことを後悔していた作品でした。これが見放題だったというのもバンダイチャンネルに課金した一つの要因です。端的に感想を言えば、観てよかったです。

もう少し詳しく言うと、1期最終話あたりは泣きました。2期は笑いが止まりませんでした。そして、2期最終回は言いたいことはあるが、良かったとは思う。そんな感じですかね。

書くべきか少し迷いますが、その言いたいことというのは凪沙と智恵理、友歌のことです。1期終盤当たりから何となくですが、凪沙は14代目前田敦子を襲名するのだろうという予感はありました。なので、智恵理はどうなるのかは気になっていました。AKB0048は凪沙と智恵理の2人体制です。パワーバランス、この言葉が正しいかわかりませんが、を考えれば、智恵理にも大きな称号が必要なのは分かります。でもさすがにあれはやり過ぎな気がしました。もう少しなんとかならなかったものかと思うのですが、ではどうすれば良いのかは思いつきませんでした。友歌と護の絡みは13話でかなり綺麗に描けていたと感じました。なのにどうして、また26話で掘り返すのか。せっかく綺麗に纏ったのに、台無しです。

言いたいことはこれぐらいです。まぁ鰐淵恵や26話の織音についても言いたいけど。

色々言いたいこと書きましたが、AKB0048は面白いです。観て損はないので、ぜひ観ましょう。

XENOGLOSSIA

アイドルアニメではないですが、普通に面白かったです。インターネット上でかなり叩かれていたので、どんなものかと思っていましたが、本当に面白かったです。本当に2007年のアニメかぁ~?とは思いましたが。まぁ、ぼくはアイドルマスターはあまり知りませんし、あまり思い入れもないですし、当時を知りませんしではありますが……。

10代の女の子をあれだけ綺麗に描いているアニメはなかなか無い気がします。どのキャラも丁寧に綺麗に描かれているからこそ、彼女らの行動一つ一つが切なく、苦しく、美しく感じました。

皆も観よう

観終わってから1ヶ月程経ってしまい、早く書かなきゃと思ったので、纏ってない酷い文章になりました。時間があればもう少し増やして、綺麗に纏めたいとは思っています。

ただ一つ言えることは、どれも面白いアニメですので観ましょうということです。別にアイドルアニメでなくても、アニメでなくても良いと思います。何か作品に触れて、だらだらと感想を書いて欲しいと思います。そういうところに作品に触れる意味があるとぼくは思います。

 

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私的10年代アイドルアニメ論

もともとこの記事は、私のTumblrに投稿したものである。あれを書いてから、「アイドルマスターシンデレラガールズ」が放送を開始したこともあり、私なりに気に食わない点を修正して、もう一度投稿しようと思い、この記事を書いた。Tumblrでなくはてなブログに投稿したのには、それといった理由はなく、はてなブログを使ってみたかった。それだけである。

 

地元ではアニメがほとんど放送されてなかったこともあり、私は大学生になるまで、アニメというのをほとんど観たことがなかった。しかし、気づけば友だちの洗脳の甲斐もあり、今では数多くのアニメを観ている現状だ。ただそれでも、アニメを観始めてたった4年である。これから書くのは、あくまでも〝新参〟の個人的な意見、つまり戯言である。そこら辺を踏まえて、大きな心で読んでいただきたい。

ラブライブ!」はアイドルアニメか

μ'sはアイドルであるが、ラブライブ!はアイドルアニメではない。これが私の持論であるが、中々納得してもらえない。一言でもこれを言えば、避難の雨あられである。そもそも、アイドルアニメとは何なのか。アイドルが出ていれば、アイドルアニメなのか。私は違うと思う。劇中において、アイドルが「手段」ではなく「目的」である。端的に言えば、これがアイドルアニメの十分条件だと思う。
このことを踏まえてもらえば、前述の持論も少しは理解してもらえると思う。彼女らにとってアイドルは手段であったからだ。彼女らはあくまでも廃校の危機を救うためにアイドルになったのであり、アイドルになりたいという夢があったわけではない(例外もいるが)。このことは非常に大きいと思っている。劇中では〝アイドル〟としての彼女らはほとんど描かかれていなかった。多くは〝音ノ木坂学院生〟としての彼女らだ。スクールアイドルなのだから、当たり前ではないかと思うかもしれない。だが、これはラブライブ!ラブライブ!たる所以であると同時に、ラブライブ!がアイドルアニメではないことの証明なのである。
学生でありながらアイドルというのは、アイドルアニメではよくあることだ。2次元アイドルに限らず、現実のアイドルでも普通のことであるから、当たり前と言えば当たり前である。学生アイドルであることの弊害。これは数多のアイドルアニメでも描かれている。だが、特定の学校の生徒であることに言及したものはなかったと思う。だが、ラブライブ!は違う。彼女らは学生アイドルではなく、〝音ノ木坂学院生アイドル〟なのだ。だからこそ、物語の中心は音ノ木坂学院になるのである。アイドルが目的ではなく手段であったからこそ、音ノ木坂学院生としての一面が強くなるのではないか。
私は彼女らにとってアイドルが手段であったからこそ、2期11話での結論に至ったと考えている。彼女らにとって大切なのはμ'sというアイドルではなく。音ノ木坂学院のμ'sなのである。9人でのμ'sでなければならないというのなら、他にやりようがあったはずだ。だが、彼女らはその道を選ばなかったし、その方法は描かれなかった。それはラブライブ!において、音ノ木坂学院で過ごした日々が大切であることの何よりの証明ではないだろうか。スクールアイドルのμ'sではなく、音ノ木坂学院生のμ's。これがラブライブ!である。スクールアイドルが主人公のアイドルアニメではなく、スクールアイドルが主人公の学園もの。これがラブライブ!をカテゴリ分けしたときに、最もしっくりくる言葉ではないだろうか。少なくとも私はそう思っている。

WUG! の問題点

「Wake Up,Gilrs!」を初めて見たのは劇場版「Wake Up,Gils! 7人のアイドル」の試写会であった。この日のことはよく覚えている。試写会終了後、私は怒りに震えていた。過度なパンチラシーン。これが全てだったと思う。WUG!はこれで有名になり、これで叩かれる運命となった。監督がヤマカンであることは、あの時点ではそこまで問題ではなかったはずだ。私はWUG!に嵌った現在でも、あれは許せていない。やっぱりするべきではなかったと思っている。
監督がヤマカンであることに加え、劇場版の過度なパンチラシーンで、アニメ視聴者は放送前からWUG!に失敗作の烙印を押した。放送が始まっても、それは変わらなかった。所詮ヤマカンアニメ、所詮パンチラアニメといった状況で、内容など関係がなかった。それらに引っ張られて、WUG!はまともに観られていなかったと思っている。
はっきり言ってしまえば、私はWUG!の信者であろう。試写会終了後では想像だにしなかったが、TVシリーズを経て現在では立派な信者である。だが、手拍子で褒めているわけではない。やはり叩かれる部分もあり、それから目を背けることはできない。例えば、前述の過度なパンチラだ。これは叩かれても文句は言えないのではないかと思う。劇場版のライブシーンのパンチラ。あれにはどんな意図があったのだろうか。彼女らの必死さを表したかったのかもしれない。だが、過度なパンチラのおかげで本質からずれてしまってた。視聴者はあのシーンからはパンチラしか感じ取らなかったはずだ。どんな大義名分であろうと、あのパンチラの前では掠れてしまうだろう。それでは本末転倒ではないか。WUG!におけるライブシーンは特殊だ。キャストが実際に踊ったものを撮影し、そこからアニメに起こすという手法を用いている。そのことは、WUG!の売りの一つであったはずだ。それもあのパンチラで台無しである。
他にもTVシリーズにおける作画などがあるが、それよりも私はキャラ設定のぶれが凄く気になっている。劇場版のデビューライブの直前に、久海菜々美は緊張しいであるということが明かされた。久海菜々美が緊張しいというのは、意外な設定でありとても印象に残っていた。しかし、TVシリーズにおいて、その設定は活かされるどころか、触れられることはなかった。これ以外にもそれまでの設定がなかったことになることが多かった。なかったことになるというよりは、あったことを忘れているという感じかもしれない。好意的に考えれば、キャラ設定のぶれは尺の都合があるかもしれない。
そもそも、前日譚である劇場版もTVシリーズに組み込むはずだったが、尺の都合で劇場版にしたという経緯がある。それでも、TVシリーズからは尺が足りない印象を受ける。しっかりと描かかなければならない部分が描けていない。そんな印象を受けた。その印象を最も強く受けたのは、8話と10話だ。8話は所謂ななみん回であり、久海菜々美を描いた話だ。久海菜々美には光塚に入るという夢がある。8話ではWUG!を止めて光塚受験に向かうということがこの話では描かれた。結局は光塚受験よりもWUG!を優先することになるのが、ここらへんの決意の理由はなあなあとなった。9話の終わりにて、突然光塚受験を諦めるというシーンが唐突に描かれた。これが尺の都合でなくてなんなのか。前述のキャラ設定もそうだが、TVシリーズにおいて久海菜々美は不遇であったと思う。

WUG! におけるI-1club

長々とWUG!の悪い点を書いてきたが、改めて言うが私はWUG!の信者である。では、WUG!の良さとは何なのか。私は〝超えられない壁の存在〟であると思う。アイドルアニメに限らず、ライバルや目標となる存在は、物語において重要である。ストーリーのない所謂日常系アニメと呼ばれるものでなければ、必ずこれらのキャラは出てくることだろう。「THE IDOLM@STER」では961プロ、「アイカツ!」では神崎美月がそれに当たるだろう。アイマスアイカツ!もそうであるが、物語の終盤では主人公はライバルや目標となる存在を超えることになる。
では、WUG!はどうだったか。WUG!におけるそれは、I-1clubだ。TVシリーズも後半になれば、WUG!の打倒I-1clubの構図は色濃くなる。結局WUG!はアイドルの祭典で優勝すること無く、物語に幕を閉じた。だが、仮にアイドルの祭典で優勝したとして、I-1clubに追いついたと言えるのだろうか。WUG!の世界において、I-1clubの存在は圧倒的である。元I-1clubの島田真夢を通して、それは否応なしに伝わってくる。TVシリーズ最終話で、WUG!は大手レコード会社から連絡を受ける。これは、物語の中において、WUG!の知名度及び期待度が高まったことを示している。ではこれは、I-1clubに追いついたと言っていいのか。そうではないと思う。スタートラインに立ったにすぎない。劇場版とTVシリーズ12話分を通して、I-1clubと同じ土俵に漸く立てたのだ。WUG!ではI-1clubに勝たせなかったのだ。超えられない壁としてのI-1club。これこそが、WUG!の良さであり、WUG!がWUG!たる所以であろう。では、劇場版及びTVシリーズでの彼女らの努力は無駄だったのだろうか。そうではない。勝てなかったからこそ、彼女らの努力に意味があるのだ。

アイマスという存在

近年のアイドルアニメとして、アイマスを避けて通ることはできないだろう。私が友人にWUG!の素晴らしさを語る度に、アイマスを観てないからそんなことを言えるのだと言われ続けた。これを書く数ヶ月前、漸くアイマスを観た。最初に感想を言うと中弛みはあるが、非常に面白かった。だが、WUG!と比較してどちらがという話ではない。WUG!にはWUG!の、アイマスにはアイマスの良さがある。
アイマスの良さは何か。こう問われて、私がぱっと思いつくのは二つある。一つは天海春香の科白である「後ろの席までちゃーんと見えてるからねー」だ。この科白が初めて出たのは、何話だっただろうか。11話か12話だったと記憶している。私はこの科白を聞いた時、鳥肌が立ったのを覚えている。それぐらい、この科白のインパクトは大きかった。この科白は、彼女が子供の頃に好きだったアイドルの科白である。彼女はアイドルになり、ステージでこの科白を言うことが夢であるとも語っていた。彼女はこの科白を通してアイドルを見て、この科白を通してアイドルを見せようとしている。アイマスで描かれるアイドルがどういうものであるか。この短い科白にはそれが詰まっているのである。
1クール目終盤では星井美希が、2クール中盤では如月千早が、終盤では天海春香が壁にぶつかり、立ち止まることになる。壁にぶつかる。他のアイドルアニメでもよくある展開である。壁を乗り越える方法として多いのは、仲間やファンの存在ではないだろうか。これらを支えに壁を乗り越えるというのは感動的である。WUG!においても林田藍里や岡本美夕がこれらを支えに壁を乗り越えている。では、彼女らはどのようにしてその壁を乗り越えただろうか。仲間やファンの存在だろうか。それもある。だが、最も大きな支えとなったはアイドルが子供の頃の夢であるという点ではなかっただろうか。彼女らは壁にぶつかり、悩み苦しんでいる時に、どうしてアイドルになりたかったのかを思い出す。先の3人誰をとってもそうであった。そこは徹底しているように感じた。これがアイマスの良さの二つ目であると考えている。正直な話、24話では天海春香がジュピターのライブを見るシーンが描かれると思っていた。そのライブでのジュピターの振る舞いから、彼女は彼女にとっての仲間やファンを見つけ、壁を乗り越えるものだと。だが、実際はそんなシーンは描かれることなく、彼女はアイドルを目指す幼稚園児を見て、彼女はどうしてアイドルを目指したかを思い出し、765プロへと歩みだしたのだ。
この3人の描き方は、アイマスが夢を叶える物語であることを表していると思う。最初の方に、アイドルアニメにおいて、アイドルは「手段」ではなく「目的」であると書いた。その観点からすれば、それは当たり前のことに思える。だが、そのことを主眼に置いて描いたアイドルアニメはあっただろうか。アイドルアニメなのだから、登場人物の夢がアイドルは当たり前。だから、描くべき部分は別のとこにある。そういうものがほとんどではなかろうか。彼女らにとってアイドルは夢である。それがアイマスの核であるからこそ、彼女らは立ち止まる度に原点に帰るのである。
劇場版「THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!」では、少し違っている。アイドルは彼女らの夢ではなくなっているのだ。劇場版では、アイドルは物語になっている。これは劇中の天海春香の科白から分かる。物語終盤で矢吹可奈らと一緒にアリーナに行くシーンがある。彼女はそこで言う。今私がいる場所は今までの全部で出来てるんだと。この科白は印象深かった。TVシリーズとの違いを明確に表しているようにみえるからだ。TVシリーズは夢を叶える物語であった。だが、劇場版は違う。アイドルして歩んでいく物語である。自分の夢であるアイドルとは何なのか。そのことに悩み苦しんでいるのがTVシリーズであった。だが、劇場版ではそうではない。彼女らなりのアイドル像を手に入れているのだ。つまり、劇場版は夢を叶えた後の彼女らの物語なのである。
「selector spread WIXOSS」でふたせ文緒は夢は叶え続けなくてはいけないと言った。叶えて終わりではない。叶えてからが始まりだと。劇場版アイマスは正に夢を叶え続けていく物語だ。だからこそ、天海春香のあの科白なのである。それが〝輝きの向こう側〟なのかもしれない。彼女らはアイドルになるという夢を叶え、新たなステージに旅立とうとしている。そのステージこそが、アイドルとして歩んでいくことだと思う。それはつまり、夢を叶えた後の世界だ。夢を叶え続けていくこと。それは、夢を叶えること以上に難しいことのように思える。彼女らはその道を歩む決意をしたのである。
これは劇場版アイマスアイマスアニメとしての集大成として、非常に高い完成度であることを示している。だが、私は感動を覚えながらも、同時に哀しみを覚えたのである。TVシリーズで描かれていたアイドルが彼女らの夢であるということ。アイマスアニメがこれを徹底して描いていたところに、私は惹かれたのではないだろうか。劇場版で示された輝きの向こう側は、数多のアイドルアニメでも描かれていることではないだろうか。確かに劇場版で描かれたものは、アイマスでなければ描けなかったことは間違いない。だがそれでも、アイマスアニメが数多のアイドルアニメの一つになってしまったことは否めないのではないか。そう感じてしまったから、劇場版アイマスを素直に賞賛できなかった理由かもしれない。私はそう思っている。

WUG! から見るアイドル

WUG!の新作劇場版が作製されることが2014年冬に発表された。たった30秒のトレーラーから私が感じたのは違和感だった。何度も観返して気づいた。トレーラーのWUG!は大人の女性だ。TVシリーズで感じた子供っぽさはなかった。このことに気づいた時、私が思うアイドルとは何なのかが分かった気がする。私はアイドルに詳しくはないので、現実のアイドルがどうなのかは分からないが、2次元アイドルの多くは10代の少女である。アニメで描かれる彼女らは、歳不相応だ。たかが10代のくせに無理し過ぎなのである。10代はまだまだ子供であろう。そもそも、20代前半も子供と言っても差し支えない気がする。だが、2次元アイドルは子供らしいとこを見せず、時に無茶とも取れるような無理をするのだ。背伸びをしているのだ。私はアイドルだから。ファンがいるから。そうやって、彼女らは平気で無理をするのだ。
この背伸びをしている感じこそ、私はアイドルだと思う。その背伸びがあるからこそ、時折見せる10代らしい表情に胸を打たれるのだ。彼女らが壁にぶつかった時、私ははっきりと感じるのである。どんなに凄く見えても、まだ10代の少女なのだと。この瞬間こそ、アイドルアニメである。だから私は、それが良くないことだと思いながらも、もっと無理をしろ、もっと背伸びをしろと思ってしまうのだ。まだまだ10代の少女なのにと、感情移入もしやすくなる。感動的な物語とは、ある種残酷である。
2015年1月24日に放送された「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」にゲスト出演された振付師の竹中夏海さんは、「アイドルにはヒーロー物の三大要素――不思議な出生、怪物退治、財宝獲得がある」と仰っていた。確かに納得できる話である。竹中さんは現実のアイドルについて仰っていたが、2次元アイドルにも同じことが言える考えだ。だが、これはアイドルに限らないことだと思う。流行りもの殆どにこのことは当てはまるだろう。

「ロコドル」というアイドル

2014年夏、「普通の女子高生が【ろこどる】やってみた」が放送された。ろこどるによって、ロコドルという新しいアイドルの形態が広まることとなった。地方アイドルと言えば、前述のWUG!がある。流川ガールズとWUG!、つまりロコドルと地方アイドルの違いは何なのか。それはろこどる最終話で描かれている。流川ガールズはロコドルフェスタを終え、地元の夏祭りで「ああ、流川」を歌った。夏祭りで歌うのは「魚心くんソング」でも良かったように思える。だが、「ああ、流川」を歌ったのである。ろこどるにおいて、「ああ、流川」は重要だ。「ああ、流川」はあくまでも、市の歌だ。その「ああ、流川」を持ち曲として歌えることこそが、ロコドルが地方アイドルと違う点であり、ろこどるの良さでもあるのだ。
流川ガールズは、流川市のアイドル。だからこそ、流川ガールズにとって、流川市が最も大切である。このことは、TVアニメ13話できっちりと描かれている。ラブライブ!における中心が音ノ木坂学院であるように、ろこどるにおける中心は流川市なのだ。それを最も表しているのが、夏祭りで歌った「ああ、流川」なのだ。最初に書いたように、アイドルアニメのアイドルは、「目的」ではなく「手段」。このことから、考えればろこどるはアイドルアニメではない。だが、ロコドルという存在を確立させたという点で、ろこどるは10年代アイドルアニメを語る上では外せないのである。

 

デレマスとアイカツ!

この記事を書き始めてから、「アイドルマスターシンデレラガールズ」の放送が始まった。執筆時点での放送話数は4話である。3話まで観た時点で私はアイカツ!だと思った。恥ずかしい話、私はアイカツ!を3rdシーズンからしか観ていない。なので、アイカツ!っぽいと言っても、3rdシーズンのという枕詞が付くことになるが。
デレマス1話では主人公格である島村卯月、渋谷凛、本田未央が346プロ入りする経緯が描かれ、2話では他のシンデレラプロジェクトのメンバーと3人の位置づけの説明がされた。そして、3話では3人がバックダンサーを通してアイドルの世界に触れる様子が描かれた。アイカツ!らしさを感じたのは、主人公格の3人からだ。彼女たちはアイドルではなく、まだファンなのである。それは2話でも描かれれいるし、3話でもそのことは強く描かれている。彼女たちがアイドルではなくファンであるから、3話はあのようになったのだ。
3話切りが一般的な現在、多くのアニメでは3話で大きな動きがある。奇しくもデレマス放送日の数日前に放送された某アニメも3話で大きな動きがあった。デレマス3話がライブ回であることは、次回予告から分かっていたので、デレマスでも大きな動き、つまりライブで失敗するのではと騒がれていた。だが実際には、そんなことはなく、彼女たちは何の問題もなく踊りきった。それは彼女たちがファンであるからだ。ライブは楽しい。この楽しさをもう一度味わいたい。アイドルになりたい。そういう風に彼女たちが思うために、ライブの成功という演出になったのではないか。私はそう思っている。
アイカツ!の大空あかり、氷上スミレ、新条ひなきの3人もアイドルらしさは薄く、ファンであるほうがしっくりくる。それは114話で印象的に描かれている。114話はクリスマス回であり、大空あかりはクリスマスツリー用として樅の木を切った。1年前のクリスマスでは、彼女が憧れる星宮いちごも同じように樅の木を切っていて、114話での彼女の行為は星宮いちごの真似のなのである。このことは劇中でも描かれており、紅林珠璃の科白から分かる。友だちのために切った星宮いちごに対し、憧れるアイドルの真似事として切った大空あかり。この対比がアイカツ!3rdシーズンであり、3人がまだまだファンにすぎないことを表している。
しかし、117話あたりから流れが変わりつつある。ファンであった彼女たちがアイドルになりかけてきた。これからが楽しみである。彼女たちがどうアイドルになっていくのか。つい期待してしまう。ついこの前放送されたデレマス4話も期待したくなるような話だった。まさに物語が始まるといった感じだった。3話にてアイドルの楽しさを知った3人がどういう風に歩いて行くのか。楽しみにならざるを得ない。

アニメは面白いよ

一番初めにも書いたが、私はアニメを観始めて4年も経っていないのだ。観ていないアニメもまだまだたくさんある。この文章で触れたアニメもまだ1回しか観ておらず、うろ覚えで書いた部分も多々ある。だから、ずれていると感じるところもあるかも知れない。だが、それでもはっきりしてることはアニメは面白いってことだ。こんな駄文をだらだら書いてしまうくらいには面白い。それが伝われば、書いた甲斐があるというものだ。

 

冒頭に、Tumblrに投稿したものを、私なりに気に食わない点を修正したものだと書いた。気に食わない点は幾つかあったが、ろこどるの話が最も気に食わない箇所で、ここを修正したかった。結局、私の実力不足で修正することが出来ず、デレマスの話を加筆しただけになってしまった。

 

過去記事

私的10年代アイドルアニメ論 - tanaca