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画面のこちら側

取り敢えず色々手を出してみる

果たしてトールは本当に女の子なのだろうか? -アニメ『小林さんちのメイドラゴン』感想みたいななにか-

アニメ 小林さんちのメイドラゴン

みなさんは『小林さんちのメイドラゴン』というアニメを観ているだろうか。クール教信者先生原作のアニメであり、制作はみんなが大好きな京都アニメーションである。トールが可愛すぎて、毎週語彙力を失ったオタクになってしまう。だが、ここで一つの疑問が浮かぶ(浮かばないとは言ってはいけないトールは本当に女の子なのだろうか。男の娘なのではないだろうか。

 

トールが女の子である証拠を探そう

第1話 史上最強のメイド、トール!(まあドラゴンですから)

二日酔いに苦しむ小林さんのもとに来た一人のドラゴン。トールが世を忍ぶ仮の姿としてメイドを選んだのは小林さんの好みに合わせたものだ。

トール「小林さんがメイドがいいって」

そう、トールが女の子だからメイド姿になったわけじゃないのだ。つまり、トールは男の娘メイドという可能性もあるのだ。ドラゴンに性別があるのは、トールの「父と母に受けた恩は下等で愚かな人間でも返せと教わりました」という科白から分かる。見た目(人間)の性別とドラゴンとしての性別が一致していると決まっているとは明言されていない。つまり、トールの口から「私は女の子のドラゴンです」という科白やそれに類似する科白(他のドラゴンから「トールは女の子のドラゴンだよ」という科白でもよい)がなければ、トールが男の娘メイドではなく、正真正銘の女の子であるとはいえないのだ。

さて、肝心の第1話だが、そのような科白はなかった。まだ、男の娘の可能性に縋っていられる。

第2話 第二のドラゴン、カンナ!(ネタバレ全開ですね)

第2話では二人目のドラゴンとして、カンナムカイが登場する。カンナの世を忍ぶ仮の姿は幼女であるが、どうして幼女の姿なのかは特に述べられなかった。理由如何によっては、見た目(人間)の性別とドラゴンとしての性別が一致しているかどうかが分かったのかもしれないのに。だが、カンナはトールのことを慕っており、小林さんにNTRたとも言っている。ここまで慕っていれば、カンナの言動からドラゴンの性別が分かるかもしれない。期待が高まる。

トール「魔法の言葉です。大抵の会話はあれ(マジやばくね?)でいけますから、覚えておくといいですよ」

変な言葉を幼女に吹き込むメイドラゴンがいただけで、ドラゴンの性別が分かる決定的な証拠はなかった。ホッと安心している自分がいた。

第3話 新生活、はじまる!(もちろんうまくいきません)

3人が住むことになり手狭になったアパートを引き払い、広いアパートに引っ越すことにした小林さんとドラゴン。隣人トラブルに巻き込まれつつも、結構いい暮らしをする小林さんとドラゴン。そして、花見を断る口実に宅飲みをする。これは朗報である。トールのお友達のドラゴンがやってくるからだ。まずは、ファフニールファフニールは執事のような世を忍ぶ仮の姿なのだが、これはトールが渡した写真を元に選んだようだ。そして、もう一人がケツァルコアトルだ(ちなみに元ネタであろうアステカ神話の文化・農耕の神ケッツクアトルは男。テスカトリポカの恨みを買い、泥酔させられ近親相姦をしてしまい、神の地を追われる)。ルコアは巨乳であり、小林さん曰く痴女みたいな格好である。ルコアさんがどうして痴女みたいな格好してるかは謎である。

ドラゴンが4人もいれば性別が分かるかもしれない。分からなくても誰と誰が同じ性別であるという情報が手に入るかもしれない。たとえそれだけでも、大きな前進だ。しかし、ぼくの期待はあっさり裏切られる。そのような言動はこれっぽっちもなかった。トールどころか、どのドラゴンの性別も分からない。ショタかもしれないし、男装の麗人かもしれないのだ。巨乳痴女は巨乳痴女であって欲しいな。可能性が万に一つでもある限り、ぼくはトールは男の娘メイドかもしれないんだぞと言い続けていく。そう、固く決心した。

第4話 カンナ、学校に行く!(その必要はないんですが)

集団登校の列を羨望の眼差しで見るカンナ。小林さんは学校に通いたいカンナの夢を叶えてあげる(『日○』で観た)。戸籍なんてあるはずのないドラゴンをどうやって、小学校に転入させたかは疑問ではあるが、文房具やランドセルを手にしはしゃぐ姿は微笑ましい。

第4話はあまり期待できない。カンナが小学校に通うお話で、ドラゴンの性別が分かるとは思えないからだ。しかし、予想に反しドラゴンのオンパレード。おお、ドラゴン同士の会話から今度こそヒントが得られるかもしれない。まぁ、予想通り、何も分からなかったけどね。

トール「そう言えば、私はまだ貴方がたに勝ったことないんですよね」

世界に終焉をもたらす程度には強いメイドよりも強いゲーマーと巨乳がいるとは……。

第5話 トールの社会勉強!(本人は出来てるつもりです)

すっかりこっちの世界での生活が板についてきたトールは会社見学に。小林さんの社畜有能っぷりに惚れ惚れしつつ、無能上司に吠え面かかせるトールに思わずガッツポ。

一方、カンナちゃんは図画工作の授業でお友達を描こうで半デコを描く。二人組作ってで余らないなんて!半デコのアヘ顔に百合と叫びそうになるのを、ドラゴンの性別が分からないんだ、まだ百合と決まったわけじゃないんだと必死で耐える。

ファフニールさんの突然の移住宣言から始まったBパート。戸籍や銀行口座をどうとったのかという疑問を持ってはいけないんだと自分に言い聞かせる。こっちの世界での先輩としてファフニールさんに色々吹き込むトールに、異種間恋愛の障害を説くファフニールさん。純愛は種族を越えるんだ……!

なんやかんでファフニールさんはゲーマーという熱い絆で結ばれた滝谷くんの家に居候することになる。ドラゴンの性別が明示されていないので、見た目は男二人だけど、実際は同棲ってことも有り得る訳で……。

Mr.マ○ックのハンドパワーに驚愕した二人のドラゴンは、小林さんが昔買った超能力の本(忘年会でのかくし芸用だろうな……)に影響され修行を始める。ベタな修行に少年の心が騒ぐ(亀○流の修行とか流○舞とかやってたなー)。小林さんがトールを悟らせる科白に感銘を受けるが、結局最後はスプーン曲げなんてちゃちなものじゃなくて、本物の超能力ってヤツを見せられる。

半デコ「パイナップル入り酢豚。これ嫌いなのよねー」

○京さんも嫌いらしいし、半デコも将来は警視庁きっての天才になるな。

第6話 お宅訪問!(してないお宅もあります)

第6話ではトール以外のドラゴンのこっちの世界での生活が描かれる。

まず初めにルコアさんである。ルコアさんはある少年の家に居候している。興味本位で召喚儀式をしているところに優しさで召喚されに行ったのである。ショタくんはルコアさんのことを悪魔だと思っており、家を乗っ取られると思っている。その誤解を説くためにショタくんの家にお邪魔する小林さん御一行。

結局誤解は解けず、悪魔は悪魔でもサキュバスだと思われてしまうわけだが、ドラゴンの性別を判断する上で重要な話だった思う。ショタくんの家に居候する見返りとして、ショタくんの役に立とうとルコアさんは色々な提案をする。小学生の身空にして人間が出来上がっているショタくんに悉く提案を却下されてしまったルコアさんは、最終的に身体を差し出そうとする。完璧なおねショタにどうもありがとうございますと言いたいところだが、少し待って欲しい。ドラゴンは爬虫類だ。それは次回予告でのルコアさんの科白からも分かる。

ケッツアルコアトル「ぼくの服は鱗だから、ぼく的にはいつも裸なんだけど」

鱗があるということは魚類か爬虫類しかない。こっちの世界に限らず向こうの世界でも陸棲であることから、魚類はあり得ないだろう。爬虫類は卵生である。つまり、ドラゴンも卵生だと考えられる(首長竜の一種には胎生のものもいたらしいが多くは卵生なのでドラゴンも卵生だと判断した)。そう、ドラゴンは乳を子どもに与えないのである。ドラゴンにおっぱいはないのだ。だが、世を忍ぶ仮の姿にはみなおっぱいがある。

何故か。ここにドラゴンの性別を知るヒントがある気がする。世を忍ぶ仮の姿におっぱいがあることは、ドラゴンが人間について詳しい知識を持っていることの裏返しではないだろうか。人間のことを下等生物と罵ってはいるが、人間が性別に限らず、胸の大小で一喜一憂していることを知っている。それが異性を堕とす武器になると分かっているのだ。爬虫類に限らず、他の生物はパートナーを見た目の良し悪しでは選ばない。角の大小や力強さなど、種としての強さで選ぶ。ドラゴンもそうだと言える材料は今のところ明かされてないが、卵生だとすれば見た目の良し悪しで選ぶとは思えない。やはり、種としての強さで選んでいるのではないかと思う。だとすれば、ドラゴンには身体を使って誘惑するという行為は存在しないはずだ。だが、ルコアさんはその巨乳をつかって、ショタくんを誘惑する。その巨乳が男を誘惑するにたりうる武器だと分かっているからだ。ドラゴンの高い知能と人間への知識の深さがうかがえるエピソードだ。

では、なぜルコアさんはあのような世を忍ぶ仮の姿になったのか。トールは自身のおっぱいについて、DragonのDカップだと述べた。このことから、おっぱいの大きさは自身で好きに設定できることが分かる。トールは小林さんの好みに合わせて、ファフニールさんはトールの指示通りに世を忍ぶ仮の姿を設定した。ルコアさんにはそのような理由がないことからも、自分の好みであのような世を忍ぶ仮の姿になったと思われる。

ルコアさんはなぜ巨乳痴女の格好をしているのか。これが分かればドラゴンの性別が分かるはずだ。その判断の一助となりそうなのが第6話である。ルコアさんはショタくんに対して、身体を差し出そうとした点だ。物語上の話からは逸れるが、恐らくこのエピソードはアステカ神話の神ケツアルコアトルのエピソードから来てると思われる。ケツアルコアトルは人身御供を嫌い止めさせた。このことが原因でテスカトリポカの恨みを買い、泥酔させられ近親相姦をしてしまい、神の地を追われる。劇中、ルコアさんがお酒に過剰反応するのはこのためである。人柱と言えば女性である。ルコアさんが女性だからこそ、人柱としてショタくんにその身を捧げたのではないか。

ただ、この説もかなり強引である。ルコアさんが女性を演じきっている可能性もある。あれだけの知能の高さである。人間への知識の深さも考えれば、人身御供としてその身を捧げる女性を演じることは可能であろう。そもそも、アステカにおける太陽の儀式に生贄として捧げられるのは、少年・少女も生贄として捧げれることはあったものの、多くは戦争によって手に入れた奴隷であったらしい。女性であったとは限らないのだ。

一方、ファフニールさんは滝谷くんの英才教育により、完全にオタクになっていた。

第7話 夏の定番!(ぶっちゃけテコ入れ回ですね)

水着回である。いつの間にか専務がご子息と小林さんが懇意であることを知っていたが、相も変わらずショタくんはルコアさんに振り回される。ドラゴンたちは夏の海を満喫する。トールがドラゴンとしての〝宿命〟に悩まされそうになるが、小林さんとの愛の力で乗り越えたりするが、特に何事もなく海水浴が終わる。異種族恋愛が如何に難しいかが垣間見える。

CMが開けると一転してコミ○回と化した。オタクの水着回だ。人間界に来て数ヶ月でサークル参加するファフニールさんのポテンシャルの高さに驚かされるが、滝谷くんのサークルの人気の高さにも驚く。あまり詳しくはないのだが、成り切りコスプレしている人に対して、「成り切りですか」と言うのは失礼じゃないのだろうか。

トールの科白から、ファフニールさんやルコアさんのような存在感のある方々は、人間界にも記録が残っているらしい。ということは、ルコアさんはケツアルコアトルであることは間違いないし、ファフニールさんは北欧神話ドワーフ(ワームに変身する。三兄弟の長男)だろう。神話に基づけば、ルコアさんもファフニールさんも男ということになるのだが、これだけでは確定したとは言えないだろう。

コスプレ参加してる本物の人「(「次の薄い本どうする?」の問いに対して)ドラゴンメイド娘でいいだろう」

これは公式からの出せっていう命令ですね。違う

第8話  新たなるドラゴン、エルマ!(やっと出てきましたか)

トールのライバル、エルマが登場する記念すべき回である。

だが、Aパートではお弁当作りというプロレスが展開される。お弁当作りって本当に大変なんだよな。特に朝の忙しい時間ともなると。小林さんがトールに、カンナやルコアさんたちに好かれる理由が分かる名エピソードだ。

さてさて、エルマさんの登場である。新しいドラゴンの登場であり、それはトールのライバルである。その科白からドラゴンの性別が分かるかもしれない。期待は高まる。それに可愛い。

エルマさんはモデラーシステムエンジニアとして、アイドル養成学校小林さんの会社に中途入社する(パソコンも禄に触れないのにどやって入社したんだ)。もう一挙手一投足が一々可愛い。だが、これがトールの嫉妬を誘い、トールは空回りをして怒られることになる。その際の一幕で、小林さんが「ケツを見せろ」と怒るシーンがある。

トール「食欲だけじゃなくて、性欲も満たす気ですか!?」

かなり下世話な話になってしまうので、詳しくは書かないがお尻(アナル)を見せることと性欲が結びつくのは男性の考えではないだろうか。やはり、トールは男の娘メイドではないだろうか。意味深な描写であった。

一方その頃、ショタくんは淫夢に悩まされていた。

第9話  運動会!(ひねりも何もないですね)

運動会。運動音痴のぼくにとって地獄のような日であるが、カンナや半デコにとってはそんなことはなく、楽しいイベントだそうだ。カンナは保護者として小林さんにも見に来てもらいたいらしく、小林さんを運動会に誘う。しかし、絶賛ハデス討伐デスマ中である小林さんは、一言無理と返す。ショックを受けつつも我が儘を言うカンナに微笑ましいなと観ていたが、それも束の間。一瞬で叩き落された。

カンナ「トール様はお姉さまっぽい。小林さんはお母さんっぽい」

トール様は〝お姉さま〟。ドラゴンのドラゴンによるドラゴンの性別発言である。これはもう決定的だ。トールの性別は女。男の娘メイドでは決してないのだ。そう、『小林さんちのメイドラゴン』は異種間百合アニメだったのだ。この感想もへったくれもない酷い文章の連なりも道半ばで終わってしまったのだった。

奇しくもこの一日前には某ふれんずアニメの主人公の性別が判明したばかりであったーー

最期に

さて、トールは男の娘なんじゃないかというぼくのひねくれた妄想から始まったこれは、9周目で現実を突きつけれれることとなった。書いてて思ったことは下らないこと考えてないで、純粋に楽しんで観ようということだ。アニメに対し、与えれた少ない情報から物語を考察する。これも一つの見方だ。だが、これはぼくには早いんじゃないだろうか。高尚すぎるなじゃないだろうか。そのことが今回、はっきりと分かった。苦しいよなと思いながら書いていたからだ。

それでも、やってよかったとは思っている。下らないことを考えながら観るのは楽しい。文章を書くのも楽しい。それは今までの投稿からも感じていたことだ。これも毎回書いてることだと思うが、是非みんなも書いて欲しいと思う。

そして、最後になるがぼくは男の娘というジャンルが苦手だし、百合が大好きだ。こんなことをだらだらと書いておいてと思うが、自分の趣味趣向はそう変わるもんじゃない。ぼくはこれからも百合に生きていこうと思う。

灰羽連盟の日に寄せて

アニメ 灰羽連盟 灰羽連盟の日

皆さんは「灰羽連盟」というアニメをご存知だろうか。灰羽連盟安倍吉俊さんの同人誌『オールドホームの灰羽達』を元に構成された作品で、2002年10月にフジテレビで放映されていた。また、2015年10月からフジテレビオンデマンドで配信が開始された。早くバンダイチャンネルdアニメストアでも配信を始めるんだよ。

灰羽連盟はどんなお話かというとなのだが、ぼくはあらすじを書くのが苦手で全くもって書けないので、うぃきぺでぃあ先生によるあらすじを紹介しようと思う。

 

高い空からまっすぐに落ちていく少女。やがて彼女は水に満たされた繭の中で目を覚ます。古びた建物の一室で彼女を迎えたのは背中に飛べない灰色の羽を持つ、「灰羽」と呼ばれる人物たち。繭の中で見ていた空を落ちる夢から、少女は「ラッカ」と名づけられる。

高い壁に囲まれたグリの街、灰羽たちの暮らすオールドホーム、そこでの仲間たちとの穏やかな日々。戸惑いながらも少しずつその生活に馴染んでいくラッカ。しかしやがて、短い夏の終わりに1つの別れが訪れる……。

灰羽連盟 - Wikipedia

 

 誰が書かれたのかは存じ上げませんが、参考になるあらすじですね(フジテレビオンデマンドのあらすじはあまり好きじゃないので)。さてこの灰羽連盟だが、1年と1ヶ月ほど前にファンの方がTwitterでこのようなtweetをされていた。

 

 

 

そして、本日はその冬至である。灰羽連盟の日である。灰羽連盟の日が冬至とは嬉しいことだ。ぼくの誕生日が冬至灰羽連盟の日になる年もあるのだから。そして、2016年の冬至はぼくの誕生日。これはもう書けと話師が言っている。灰羽の世界観にぴったりではないか。そこで、ぼくも灰羽連盟の日に寄せて、つらつらと書いていこうと思う。

……で、何を書けばいいんだろう? 灰羽連盟に関する考察はもう既にいろいろな人が書いている。ぼく程度が書いたところで、それらには遠く及ばないだろう。かと言って、絵心がありますか?と問われると、絶望的にない。ぼくに書けることは何なのか。考えてみた。

 

ぼくはどうして灰羽連盟を好きになったんだろう?

ぼくは灰羽連盟が大好きだ。思い出しただけで、涙がホロリと流れる。大好きだからこそ、多くの人にこの作品を観てもらいたいとすら思っている。誰もが好きになる作品なんてない。そんなことは分かっている。それでも、観てもらいたいのだ。少し怖いが、多くの人の感想が知りたいからだろう。

その前に、だ。ぼくはどうして灰羽連盟を好きになったんだろう? ぼくは好きになった理由を明確に言葉にするのが苦手だ。あれが嫌い、これが好き。そう感じるのは簡単なのに、どうして?と聞かれると、返答に窮してしまう。上手く言葉に出来ず、歯痒い思いをする。

だが、それでは駄目だ。人に勧めようという時に、自分が好きな理由を言えないではお話にならない。灰羽連盟を勧める前段階として、今回はそういうところを詰めていこうと思う。

 

謝罪と石を用意する時間

元々の予定では、ここから灰羽連盟のここがいいんだよねとか、だから灰羽連盟が好きなんだよねとか書くはずでした。大谷幸さんの楽曲がどうのだとか、時計屋の親方がああだの、色々と考えていたんです。でも、本当に色々とあって、気づけば冬至目前。諦めました。実験に修論よ、滅べ。本当にすいません。石でも礫でも投げて下さい。「この自堕落野郎! アニメばっか観てるからだろ!」と罵って下さい。文句は言ません。ぼくが悪いんですから。

 

第1話「繭 空を落ちる夢 オールドホーム」の美しさ

気を取り直してというか、第1話「繭 空を落ちる夢 オールドホーム」の凄さを書いていこうと思う。アニメを人に勧める時、取り敢えず1話だけでいいから観てくれ。そうしてから、判断してくれ。そう言うと思ったからだ。はじめからその話をすればよかった。

 第1話は完璧だ。無駄がなく、美しい。

物語は一人の少女が空から落ちてくるところが始まる。その少女の周りを飛ぶ1羽の烏。落ちていく少女に触れた烏は何を思ったのだろうか。劇伴として流れる「Ailes Grieses」が涙を誘う。「Ailes Grises」は仏語で〝灰色の羽〟を意味するように、灰羽連盟を表した曲だと言えるだろう。Ailes Criesesが流れる中、少女が落ちていくこの光景は、この物語を表しているんじゃないかと邪推してしまう。それだけ印象的な曲であり、印象的な始まり方だった。

舞台はオールドホームに移り、一人の少女が大きくなった繭を発見する(レキを少女と呼ぶのには違和感があるが、女性と呼ぶのも違和感がある)。繭から産まれる灰羽を楽しみにしていた5人。ここのシーンとこの後の産まれてきたラッカを囲むシーンで、5人の人となりや関係性がなんとなく分かる。

このなんとなくがいい。多くを説明されるわけでも、詳しい説明があるわけでもない。彼女らはラッカ(と視聴者)が分かっていると思って話している。だからこそ、彼女らの話からは全ては分からない。伝わってこない。ヒカリやカナたちが一度に話しかけしてまい、ラッカが困惑するシーンがある。何気ないシーンだが、大好きなシーンだ。

分からないのは彼女たちのことだけではない。グリの街、そして灰羽についてもあまり説明がない。あまり説明がないからこそ、ぼくらはラッカとともにグリの街に入っていけるのだ。ここで知りすぎていたら、ぼくらは第三者的な立場として、グリの街を漂っていただろう。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、灰羽たちは仕事に戻っていく。ラッカとレキを残して。ここからが圧巻だ。第1話は無駄がなく、美しいと書いた。それはここからの展開があるからだ。かすかな背中の痛み。うなされるほどの高熱。背中を破り生える灰色の羽。言葉にすれば(ぼくの文才のなさも相まって)、味気のないものだが、闇夜に映えた血に濡れた灰色の羽は美しい以外の言葉で語れない。始めて観たときはあまりの美しさに言葉を忘れ、涙さえ流れた。「Blight」がその美しさを加速させる。灰羽連盟を観終わり、blightの意味を知り、この一連の美しい〝羽化〟でBlightが流れた意味を考えざるを得ない。そして、その意味の自分なりの答えに辿り着たいとき、また泣いてしまうのだ。

羽化の後のレキがラッカの羽を綺麗にするシーンも素敵だ。レキの一挙手一投足の全てが愛おしい。綺麗な灰色だよ。白くも黒くもない綺麗な灰色。レキの科白が頭から離れない。

第1話は翌朝のシーンで終わる。無駄のない1話を観てきて、息をするのを忘れていても、ホッと一息つける一幕だ。寝癖に慌てふたむき、頬をふくらませるラッカが凄く可愛い微笑ましい。

ようこそ 私たちのオールドホームへ 

 

ここまで、勢いだけで第1話について語ってきた。どうだろうか。第1話の美しさが伝わっただろうか。灰羽連盟を観てみようと思ってくれただろうか。取り敢えず、1話だけでも観るかと思ってくれただろうか。

まぁ、伝わってないんじゃないかなと思う。酷い文章で何を言ってるか分からなかっただろうし、あまつさえ気持ち悪いとも思うだろう。無理もない。ぼくだってそう思うのだから。ただ、一つ言いたいのは灰羽連盟は本当に名作だから、是非観て欲しいってことだけだ。この一言を言いたいがために、何を書いてるのか分からなくなりながらも、こんな文章を書いたのだ。

 

最後に

灰羽連盟は答えを探す物語だ。一人の少女が傷つき、苦しみ、傷つけて。安易な答えを求め、自分で創り上げたハリボテの希望に縋り付く。そうして、また傷ついて、苦しんで、傷つけて。そうやって、辿り着いた、見つけ出した答えが、彼女に何をもたらすのか。彼女にとって何を意味するのか。それが、それこそが、灰羽連盟なのだ。

灰羽連盟のファンの中には、灰羽連盟を観た人達に対して、2周目を勧めてくる人達がいる。灰羽連盟は答えを探す物語だと言った。彼女が見つけ出した答えを知った上で、もう一度観返すと、また新しい灰羽連盟を観ることができるからだ。第1話はあまりの痛々しさに直視できなかった。灰羽連盟を観て、好きだなとか何かくるものがあったら、是非もう一度観返してみて欲しい。

灰羽連盟が大好きなんだ、観てみてくれないか。ただ、それだけを言いたいがために、こんな分かり辛く、気持ち悪い文章を書いてしまった。最後まで読んで下さった方、どうもありがとうございました。灰羽連盟を始めて知った方は是非観て欲しいし、もう知ってるよという方は温かい目で見て欲しいし、出来ればでいいので灰羽連盟に対する想いをどこかに書いて欲しいと思う。文章を書くということは楽しいことだ。そう思っているからだ。

あと、今日12月21日は冬至であり、灰羽連盟の日でもあるが、(最初の方にも書いたけど)ぼくの誕生日でもある。出来ればでいいので、誕生日おめでとうって言って下さい。来年は友達や彼女(頑張って作ろう)にリアルで祝ってもらうから。どうか、今年だけでも。

それから、こんな酷いブログ上で恐縮ではございますが、安倍吉俊先生、あべ由香理先生、第二子のご誕生おめでとう御座います。これからも、先生のご活躍を応援しています。

 

最後に、灰羽のみなさん、「灰羽連盟」の原作者である安倍吉俊先生、灰羽ファンのみなさん、こんな素敵な作品に出逢えて本当に嬉しいです。どうもありがとうございました。

参考

アニメ「灰羽連盟」の公式ホームページ。

灰羽連盟 ホームページ

 

アニメ「灰羽連盟」を配信している素晴らしい唯一の動画配信サイト。

fod.fujitv.co.jp

「劇場版艦これ」の感想的な何か

アニメ 艦これ

 やってみたいなという単純な理由で始めたはてなブログですが、取り敢えずと書いたのが、アニメ「艦隊これくしょん -艦これ-」の適当な感想でした。はてなブログとかもう1年くらい触ってないですし、艦これアニメの感想で何を書いたのかも覚えてないんですが、まぁせっかくなのでということで、「劇場版艦これ」の感想でも書こうかなと。

話の流れを覚えてないので、時系列順に書かれてないかもしれないので、その点は申し訳ありません。気にせず読み進めて下さい。

 

ショートランドに集う艦娘

劇場版艦これの感想と聞いて、最初に浮かぶのは〝雑〟ということですね。それはもう、笑ってしまうほど雑でした。あまりの雑さに、ずっと笑ってました。

劇場版は阿鼻叫喚のイベント「決戦!鉄底海峡を抜けて!」をモチーフにしています。史実で言うと、1942年8月の第一次ソロモン海戦から同年11月の第三次ソロモン海戦でしょうか。

劇中では理由は忘れましたが、艦娘たちはショートランドに集結します。その第一段階として、三川艦隊による深海棲艦への一方的な殺戮を行います。作戦は成功し、その一方的な殺戮の後に、海水の異常変色や不思議な声を観測し、アニメ3話で沈んだはずの駆逐艦如月を回収します。君が沈んだのは3,000kmは離れているウェーク島では????花田大先生の精霊会議がこんな序盤に出てきて戸惑いましたが、これは始まりに過ぎなかったんだと思い知らされることになります。

帰投したショートランドにて、再開を喜ぶ駆逐艦睦月。感動的に見えそうで見えないシーンの裏側で、如月や鉄底海峡の異変について話し合う弩級戦艦や空母の皆々様。特に如月に関しては、最重要機密・D事案に認定されます。そして、ショートランドに集結した艦娘たちは、視聴者へのお披露目のために英気を養うために宴会を開きます。何故かD事案について知っている正規空母瑞鶴に笑いながらも、深海棲艦と艦娘の関係についての話が話されます。ここでも田中Pの異常なまでの瑞鶴好きを見ることができます。正規空母加賀の過去と共に明かされたそれに、睦月は衝撃を受け、正規空母赤城の「如月を救うためには深海棲艦となった彼女を沈めるしかない」という言葉に泣き崩れるます。それを物陰で聞いてしまった如月自身もショックを……そこまで受けてはいませんでしたね。

如月の心情・言動がかなり雑に描かれます。中途半端な発狂しかしないので、もっと発狂させないと、物語としての面白みに掛けるのではと思ってしまいます。特に物語後半において、それは顕著になります。如月に関してはアニメで相当理不尽に叩かれたこともあってか、かなり日和ったマイルドに描かれています。ここが雑な印象を受ける大きな原因かなと思っています。

 

これが主人公力ですよ

軽巡洋艦大淀の事情聴取や二航戦に高速戦艦の調査により、ソロモン海域の鉄底海峡に異変の中心があることが分かります。同心円状に異変の範囲が広がりつつあり、2日だか3日も経たない内に、ショートランド諸島も飲み込まれることが分かります。円の中心では界境トンネルでも開こうとしてるんじゃないか?何の道具もなしに綺麗に正円を書く艦娘を見て、魔法陣が書けるななんて呑気なことを思っていると、同海域では艤装にヒビが入るという危機的な問題が生じます。つまり、同海域では時間が経つと、艦娘はだだの女の子になってしまうわけです。……駆逐艦吹雪を除いては。

吹雪だけがなぜ、無事なのか。その謎を解くために、調査隊一航戦は南米に吹雪の元へ向かいます。一航戦、主に加賀のきつい尋問に戸惑う吹雪。貴女の前の所属は? そこの指揮官は? 秘書官は? 本当に提督と初めて会ったの? すいません、覚えていません……。秘書官は扶桑山城(原作ブラウザゲームの艦娘紹介で「憧れは〝先輩の〟扶桑山城姉妹」と答えている)で、提督とは夢の中で会ってるでしょ。

結局、なぜ吹雪の艤装にヒビが入らないのかは明かされませんが、これが主人公力ですよ。主人公は絶対無敵、豪運最強と相場が決まってますからね。下手な理屈はいりません。

 

助けに来たよ、睦月ちゃん

さて、艤装に関して、具体的な策もないまま、ソロモン海域の深海棲艦及び異変の発生源の殲滅作戦が開始されます。ショートランドに停留している全艦娘による総力戦であり、惜しげもなく艦娘を出してきます。アニメでは観られなかった嫁艦を観られて、喜んだ提督も多かったことでしょう。しかし、あんなに映っていたのに科白がなかった艦娘がいたのは可哀想でした。科白がないなら、出さなければ良かったのに。ソロモンの鬼神も泣いてるぞ。

出撃直前のシーンで、田中Pの異常なまでの瑞鶴好きと中途半端な如月を観せられます。あれでは引きこもりの厨二病患者にしか見えません。

ただ、戦闘シーンは凄かったですね。笑いどころしかなかった劇場版の唯一の見せ場です。戦闘シーンにリソースを割きすぎたのか、一部の波のシーンがちょっと……となってたくらいですから。ここばかりは、劇場でその凄さを体験して欲しいぐらいです。

件の艤装問題もたいしたことなく、作戦は進んでいきます。なにせどの程度の時間が経つとヒビが入るのかが明かされてないので、好きなタイミングでヒビを入れることができますからね。割りと直ぐ入る娘(高速戦艦)も入れば、忘れた頃に入る娘(主人公と同じ艦隊に配属された艦娘)もいました。制作側の匙加減なので、絶体絶命の演出にも使えやしない。こういうとろも雑な印象を受けるところです。設定が甘いのではと思わざるを得ません。

超弩級戦艦や高速戦艦を軸とした突入部隊も、深海棲艦からの執拗なまでの打撃を受け、壊滅状態になります。劇冒頭での三川艦隊による一方的な殺戮のお返しと言わんばかりの猛攻は、正に蹂躙と言っていいでしょう。特に睦月が受けたそれは、あまりにもあまりに過ぎていて最高でした。制作陣にいい趣味してる人がいますね。会ってお礼が言いたいぐらいです。

この睦月のピンチ颯爽と現れたのがフェブラリー仮面如月です。半分以上深海棲艦となりながらも、大親友の睦月を助けるシーンは感動的に……なるはずだったのでしょう。これまでの描写で、如月が深海棲艦と艦娘の間で揺れるシーンが描かれなかったため、特に何とも思わないんですよ。一応、深海棲艦になりかけてる自分を見て恐怖を覚えたり、泊地施設を砲撃するシーンがあったりするんですが、なにせ中途半端なものですから、彼女の苦しみが伝わってこないんですよ。

少し前に中途半端な発狂と言ったのはこういうところで、テンポや上映時間の問題もあるんでしょうが、適当すぎるんですよね。これでは、深海棲艦になりかけている如月が艦娘である睦月を助ける辛さが伝わってこない。日和っているとしか言いようがない。如月は最後、沈む際に「みんなのことを傷つけたくなかった」と言うわけですが、彼女は誰も撃ってないんですよ。撃ったのは泊地施設と深海棲艦だけ。「みんなのことを傷つけてしまう前に」だったら、まだ分かるんですが。お話の主眼が如月に置かれている以上、もっと残酷にしたほうが良かったと、すべきではなかったと思います。

 

怨霊の怨念が爆発する鉄底海峡

超弩級戦艦や高速戦艦の屍を超えて、吹雪はソロモン海域の中心部に突入します。一連の異変の発生源を殲滅するために。

そこにいたのは、門番と暗黒天使田中Pでした。田中Pは2013年のインタビューで次のように答えています。

実は「艦これ」は,最初はほとんど自分の趣味の企画といってもいい存在だったんです。旧軍の要港があった街や,奮戦して壮烈に,あるいは誰も見ていないところで悲しく沈んでいった艦艇を何らかの形で紹介し,一瞬でもいいからみんなで共有できるようなものを作りたいというのが,そもそもの発端でした。

 

www.4gamer.net

ソロモン海域中心部において、吹雪が邂逅した深海棲艦が吹雪に語りかける科白は、この田中Pの思いを代弁しています。それは正に田中Pの怨念と言っても過言ではないでしょう。艦艇を美少女化してまでも伝えたかった思いが、怨念となって視聴者に訴えかけてくるわけです。

申し訳ないですが、この怨霊の怨念で大爆笑してしまいました。怨念をあそこまで直接的に言われてしまうと、笑ってしまいますね。もう少し濁したり、匂わせたりして、感じ取って下さいと描くと思っていたので、まさかあんなに正直に言われてしまうと、笑いが止まりませんでした。吹雪のCVが上坂すみれさんで良かったです。斎藤千和さんだったら、ただでさえまど○ギ臭が強いのにますます強くなって、声を出して笑っていたと思うので。

そして、怨念を無事成仏させたところで、アニメのOPがほんの少しだけ流れて、主題歌と共にエンドロールが流れます。まぁ、ここで終わってくれればよかったんですが、エンドロール後に蛇足も蛇足が待っていました。

二度目の精霊会議による如月の復活です。アニメでの理不尽な批判が本当に心に来たのか、深海棲艦と化した如月を沈めるシーンもなしに帰ってきました。やるなら、心を鬼にして、とことんやって欲しいものです。ついてくる人は必ずいるんですから。

 

最後に

劇場版艦これを散々雑だ雑だと言っておきながら、結局ぼくの感想もかなり雑になってしまいました。恥ずかしい限りです。

こんなこと書いておいてあれですが、結構楽しんで観ていました。特に三川艦隊は良かったですね。イベント「決戦!鉄底海峡を抜けて!」が行われていた時期は、重巡洋艦古鷹や重巡洋艦加古はそれなりに人気がありましたが、重巡洋艦衣笠は本当に人気がなかったと記憶しています。改二が実装され人気が爆発しましたが、劇場版であんなに可愛い姿を古鷹や加古とともに観せてくれるとは、涙なくして見れません。

最後にアニメ、そして劇場版艦これを与えてくださった草川監督や花田大先生を代表とするスタッフの皆さんにありがとうと言いたいです。

 

過去記事と公式サイト

丁寧なようで雑な記事です。笑って下さい。

 

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アニメ及び劇場版の公式サイト

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さよなら Wake Up, Girls -「Wake Up Girls! Beyond the bottom」感想みたいな何か-

アニメ アイドルアニメ WUG!

WUG!続・劇場版後編「Wake up Girls! Beyond the bottom」が公開されたので、感想みたいな何かをつらつら書いていこうと思う。前編での感想も書いたし、後編も書かなきゃなということで。

53分間に及ぶダイジェスト

「Beyond the bottom」の感想を端的に言えば、雑である。良く言えば、ダイジェスト版を観せられている感じである。前編で撒いた餌をただただ雑に回収していく。正直言って、ショックだった。こんなものが観たくて、映画館まで行ったんじゃないんだ。ぼくはWUG!を盲信していると言っていい。だからこそ、ショックを受けたのかもしれない。

都落ちと3代目センター

BtBでは大きく分けて2つの側面から描かれた。I-1clubとWUGだ。I-1clubでは前編で嗾けられた売上の競い合いの結果とそれに伴う変化が描かれた。勝利した鈴木萌歌はI-1clubの3代目センターに就任し、敗れた岩崎志保は博多に左遷される。 都落ちアイドルとなった岩崎志保は、博多でネクストストームを結成し、アイドルの祭典への出場、優勝を目指すこととなる。一方の鈴木萌歌はI-1clubセンターとして、I-1clubを引っ張っていこうとする。

このセンター交代劇を経て、2人は大きく変わることになる。アイドルに対し誰よりも真摯であり、厳しくもあった岩崎志保は一つの答えを見い出す。自分が目標であるというアイドルに出逢ったからだ。元I-1club研究生であり、ネクストストームのメンバーである彼女らとの出会いは岩崎志保というアイドルの救いであろう。直向きに努力し、ただただ走り続けトップアイドルになった娘がその立場に悩むことが描かれる話は多い。2次元アイドルの多くが10代20代の多感な女の子であるからこその壁である。そんな彼女らがまた走りだすきっかけはやはり、自分に憧れてアイドルになったという後輩アイドルの存在だった。自分に憧れ、追ってくるものの存在が、彼女らを輝きの向こう側に連れて行くのだ。ネクストストームは岩崎志保にとって、島田真夢の呪縛から開放してくれた存在であり、彼女が走ってきた道が間違ってなかったことの証明だ。挑戦者となった岩崎志保は、ネクストストームに背中を押され、輝きの向こう側に行くのだろう。劇中、彼女はやっとアイドルが好きになれそうと言った(正確にはその意味が分かる気がするだが)。彼女が輝きの向こう側に向かって走りだしたからこその科白ではないか。そう思えてならない。

鈴木萌歌の方はどうか。こちらはかなり雑に描かれた。そう感じる。次期センターと言われていた頃の彼女は高飛車であり、自信家であった。自分に絶対的な自信があったからこそ、彼女は自由であったし、高いプライドを持っていた。その高いプライドと絶対的な自信が、3代目センターとなった彼女の支えである。アイドル界の頂点に君臨しているI-1clubのセンターという重圧は彼女の想像を絶するものだったのだろう。全体練習で(ほんの一瞬だけ)描かれた彼女からは、絶対的センターであった岩崎志保を髣髴とさせる。小早川ティナと鈴木玲奈の大丈夫?という問いに、間髪を入れず大丈夫と返すその姿は正に岩崎志保そのものではなかったか。彼女から見た岩崎志保は決して凄くはなかったと思う。才能はない。努力で勝ち取ったおさがりのセンター。そういう風に見ていたはずだ。だから、岩崎志保の背負っていたものの重さを知った彼女は負けるわけにはいかなかった。それが後編での鈴木萌歌だ。3代目センター鈴木萌歌は、絶対的センター岩崎志保とは違う道を歩むのだろう。世代交代は美しく面白い。きっと描くことはいくつもあったはずだ。時間的な制約を考えれば、真っ先に切られる話かもしれないが、ちゃんと描いて欲しかったと思う。後編での鈴木萌歌は今まで以上に脇役だった。モブと言ってもいいかもしれない。3代目センターとして、新たなアイドル像を見出そうとしている彼女がこれでは哀しすぎないか。

 強引なWUG

もう一つの側面であり、主軸であるWUGであるが、地元仙台に戻り、雑草魂で巻き返しを図る。楽天選手にあやかって何苦楚魂にすれば良かったのに。WUGは土日の朝昼晩のライブを復活させ、夏休みには知名度アップのためにアイカツワゴンWUGワゴン「ごんちゃん」で全国行脚にでる(聖地巡礼する人は大変だろうな……)。アイカツ!の「ルミナス☆ジャパンツアー」を思い浮かべた人はぼくだけじゃないはず。そして、丹下順子の戦友佐藤勝子に書いてもらった新曲「Beyond the bottom」を引っさげて、アイドルの祭典に挑む。

後編ではアイドルの祭典のレギュレーションの都合上、「少女交響曲」とは別にもう一本新曲が必要となった。頼みの早坂には書かないと言われ、良き理解者であるTwinkleは全国ツアー前の多忙を理由に断られる。そこで登場したのがサファイア麗子こと佐藤勝子である。この佐藤勝子周りはかなり強引な印象を受けた。佐藤がサファイア麗子(WUG結成前にグリーンリーブスに在籍していた最後の一人)だという設定もだが、丹下順子の事務所のお金の持ち逃げの理由となった〝愛しのダーリン〟が佐藤だという設定がかなり強引だったと思う。その借りを理由に新曲の作詞作曲を頼むことになるのだが、果たしてその設定は必要だったか。佐藤勝子は丹下順子の戦友。これだけで良かったはずだ。丹下を庇うことはなかった(この過程で前編で撒いたセイント40という餌を適当に消費してしまったというのも大きいと個人的には思っている)。アイドルだけでなくアーティストにとって、楽曲は大切なものである。現実とのハイパーリンクを謳っているWUG!が、新曲をWUG自身が書くという展開にならないのは分かる。だからこそ、もっと丁寧に書かなくてはならないのだ。これでは書かせる相手がいないから、設定でコテコテに固めて、無理矢理それっぽい人を作ったにしか見えない。

後編では前編で提示された「WUGらしさとは何か」という問題に、現時点での解答として一つの山場を描いた。久海菜々美である。劇中、久海菜々美は父親の言葉で揺れる。光塚か、WUG!か。悩む彼女の背中を押したのは林田藍里だった(前編といい、続・劇場版では僕らの主人公林田藍里さんが大きく成長したことが見られて嬉しい)。島田真夢、片山実波も彼女の背中を押し、彼女は光塚受験のために空港へと向かう。そして、WUGはアイドルの祭典のために東京(実際には埼玉)へと向かう。仙台駅でいつものやりとりをする6人。それに対し、どこか悲しい顔をする久海菜々美。対称的な二組を交互に映すことで、久海菜々美の選択を思いを描く。この演出は良かったともう。ぼくはこういう演出は大好きだ。だが、早かった。久海菜々美が光塚受験を告げ、一大決心をしてWUGに戻ってくるまで、恐らく5分ほど。あまりにも雑である。後編の肝と言ってもいいこの山場をそんな短時間で片付けてよかったのだろうか。仙台駅でのWUGと仙台空港での久海菜々美はあれで良かったのかもしれない。だとすれば、ワンクッション挟むべきだったのでないか。7人から6人になったことでフォーメーションの変更があったはずだ。実際にそれを匂わせる発言は劇中でもなされていた。ならば、それは描いて良かったのではと思う。丁寧であるべき箇所を雑に描いている。後編からはそういった印象を受けてしまう。

雑すぎるアイドルの祭典

そして、物語は最終盤、アイドルの祭典を迎える。これは酷かった。中身がない。おまけにもご褒美にもならない。何のために、アイドルの祭典を描いたのか。前哨戦とでも言うべき、島田真夢と岩崎志保の会話シーン。完全にモブと化した鈴木萌歌が悲しくてたまらなかった。ここでトップ7の中で唯一科白どころか映ってすらなかった相沢菜野花に、ようやく初出番が訪れる(鈴木玲奈も科白がなかったが出番はあった)。TV版では科白の多かった彼女だが、劇場版では不遇である(鈴木玲奈はTV版でも不遇だが)。悲しいことにディフェンディングチャンピオン赤味噌オールスターズは今回は名前しか出てこなかった。ライブシーンの作画は凄かった。ライブシーンに力を入れすぎたのか、ちょっと気になる作画があったぐらいだし。 だが、TV版と同じく細切れになる。ネクストストームやI-1clubのライブパートをダイジェストしておいて、肝心のWUGのライブパートは細切れというのはどうなのか。TV版でもそうであったのだから、WUG!の本質はそこではないのかもしれないが、やはり物足りない。

だが、これはそうでもない。気になる程度であって、取り立てて怒ることでもない。酷かったと、許せなかったと思うのは、エンドロール後に描かれた一枚絵だ。あれ、いるか? 描く必要があったか? 非常に雑で非常に強引な終わり方だったと思う。後編の流れで優勝を描くには無理がある。続・劇場版の主軸を考えれば、優勝を描く必要はなかったはずだ。劇中で大田邦良は「アイドルは勝ち負けではない。だが、勝たなければならない戦いもある」と述べている。確かにその通りだ。だが、それはアイドルの話であって、アイドルアニメの話ではない。アニメに限らず、物語には、書かなくてもいいお話もある。全てを書く必要なんてない。続・劇場版において、アイドルの祭典での優勝は無理に書かなくても良かった部分だったと思っている。はっきり言って蛇足だ。あの一枚絵のせいで、すべてが崩れてしまったと思っている。WUG!が描きたかったこと、WUG!で描きたかったこと。それら全てをあの一枚絵が壊してしまったと感じたのである。

山本寛監督はパンフレットに記載されているインタビューで「[後篇]はすごくあっさりした感じで終わりましたよね。ここで変に盛り上げたり、逆に無理に思わせぶりなエンディングにしたりするのは止めようと思いました。ここで強引にまとめて、次が作れなくなるのが一番恐ろしい(笑)」と答えている。たとえエンドロール後に優勝のシーンを描かずに、例えばWUGコールの中、舞台から客席を見渡すシーンだったとしても、無理に思わせぶりだったり、変に盛り上げたとは思わなかったと思う。むしろ、あの一枚絵で終わったほうが、無理に思わせぶりだったり、変に盛り上げたと感じる。こればっかりは、個人の好みでしかないので、大きくは言えないが。

終わりに

ここまでなんだかんだ書いてきたが、ぼくはWUG!が大好きなんだと思う。この事実は変わらないんだと思う。だからこそ、こんな文章を書いてるんだと思う。もちろん、後編にも良い所はたくさんある。僕らの主人公林田藍里さんを筆頭に、WUGの成長はもちろんのこと、高科里佳にCVがつき動いてることは本当に嬉しかった。林田藍里の部屋にクラッチと思われるポスカード?があるのも良かった。

2015年12月12日に行われた「Wake Up, Girls!Festa. 2015 Beyond the Bottom Extend」では、新プロジェクトも発表された。WUG!はまだまだ終わらないというわけだ。ぼくはきっとこれからもWUG!を追っていくんだと思う。だって、WUG!が大好きだから。特別だから。

 

続・劇場版公式サイト

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ありがとうWUG! -「Wake Up Girls! 青春の影」感想みたいな何か-

アニメ アイドルアニメ WUG!

WUG!続・劇場版「Wake up Girls! 青春の影」が公開されたので、感想みたいな何かをつらつら書いていこうと思います。本当は続・劇場版の公開前にもいろいろ書こうと思ってたんですが、PVが公開された時に心が折れました。後編が観終わってからでもいいかとも思いましたが、そうしたら絶対に書かない未来が見えたので、お酒の力を借りて描くことにしました。

ぼくは岩崎志保さんを応援しています

青春の影」の感想を端的に述べれば、「ああ、WUG!だ。これは紛うことなきWUG!だ」です。ストーリーは綺麗な王道です。王道を王道として書くのは難しい。その点、流石です。劇場版、そしてTV版と全くもってぶれていません。ここらが「ああ、WUG!だ。紛うことなきWUG!だ」と思った理由かなと思っています。

どうせ細かいストーリーはもっと上手い人が書いてくれるでしょうし、もう少し詳しく、感想みたいな何かを書いていこうかなと思います。正直な話、前編後編に分けるのなら、もう少し丁寧に書いても良いのではと思いました。でも、前編のテンポの良さを考えると、あれぐらいが丁度良いのかもしれません。「青春の影」は心地良ぐらいのテンポで話が進みます。このテンポの良さは1時間程度の映画だからこそ描ける書き方なのかもしれません。

青春の影」でもっとも嬉しかったのはI-1clubについて描かれていたことです。スカイツリーの描写(結構ぼくは好きです、あの書き方)から、映しだされるI-1club報告会。そこでの白木さんの科白には痺れました。白木さんのアイドル感。白木さんの徹底的なアイドル哲学はこれまでも描かれてきましたが、アイドル感については描かれてなかったように思えます。だからこそ、あの科白には感慨深いものがありました。

そして、I-1clubのセンター争い。これにも痺れました。岩崎志保のセンターへの思いというのはTV版でも度々描かれてきました。対する鈴木萌香がセンターを狙っているというのも描かれていたので、とうとうかという感じでもあります。

アイドルとは何か。これについて未だによく分かっていません。白木さんのアイドル感。岩崎志保のセンターへの執着。突然の鎌倉の老人。これがぼくのこの疑問の答えの手助けになるのではないかなと勝手に思っています。どういう答えが出るのか、後編が楽しみです。

石神井公園勾当台公園に成り得るか

I-1clubについては書いたので、WUG!についても書こうと思います。今回は、僕らの主人公林田藍里ちゃんの成長っぷりに泣きました。ホテルでのシーンもなんですが、石神井公園で「タチアガレ!」を歌い始めた時は、泣きました。ええ、泣きました。今までの林田藍里ちゃんなら、あの場面で歌いださなかったと思います。でも、どんなに成長ししても、林田藍里ちゃんは林田藍里ちゃんなんだとも思いました。この感じは「青春の影」で丁寧に描かれている印象を受けました。確かに今作のWUG!はかなり成長してます。でも、どんなに大きくなっても、WUG!はWUG!なんだよ。そんな思いを受けました。

WUG!が行き着いた先が石神井公園だというのも興味深かったです。どこかの駅前でも何でもなくて、石神井公園。そう言えば、「7人のアイドル」でもお店の裏や駅までビラ配りにライブをしますが、最後に行き着いた先は勾当台公園でした。演出的な理由かもしれませんが、意図的な対比を感じます。というか、感じさせて下さい。WUG!として活動をスタートさせた勾当台公園。WUG!としてリスタートした石神井公園。心躍るものがあるじゃないですか。

そういう意味では、後編で描かれるアイドルの祭典もいいですね。TV版ではアイドルの祭典を経て、WUG!らしさを見つけました。WUG!を見失っている彼女らが、今回のアイドルの祭典で何を見つけるのかが楽しみでありません。

早坂相とかいうワグナー

青春の影」の早坂さんを見てて思ったのですが、彼は太田くんですね。太田くんより厄介なワグナーですね。アイドル像というのは普遍的ではありません。一人ひとり違うものでしょう。早坂さんには早坂さんのWUG!像があるのでしょう。でも、早坂さんの持つWUG!像は、プロデュースする側の持つそれではありません。消費する側のそれです。それも彼の持つWUG!像は大別すれば保守的です。だからこそ、東京に進出してきたWUG!に苛立ちを隠せないようです。WUG!はWUG!のまま成長していって欲しいようです。WUG!に変化は求めていない。進化を求めているのかもしれません。

石神井公園での早坂さんの言動は、そんなワグナーとしての一面を隠せていないように感じました。東京に染まって潰されいく彼女らに耐え切れず、曲なんて作ってしまうですから。そう言えば、早坂さんはどこまで作ったのでしょうか? 曲だけ? 歌詞も? もしかして、振付まで?

本家のワグナーである太田くんもかなり悩んでいるようでした。彼もWUG!の急激な変化に色々と思うところがあるのでしょう。太田くんは特殊なキャラです。アイドルアニメにしては、かなり丁寧にオタクを描いているのではないでしょうか。アイドルではなくても、自分が応援しているものがどんどん進んでいくことに不安になることはあると思います。そう考えると、太田くんは狂信的なのかもしれません。

この2人のワグナーがどのような答えをだすか。これも楽しみなところではあります。

最後に

読み返してみると、どんどん駄文になっていってますね。申し訳ないです。ただ、皆さんも早く「青春の影」を観ましょう。「7人のアイドル」、TV版を楽しく観た人なら、楽しめるのではないかなと思います。それと「Beyond the Bottom」が楽しみですね。

読まなくてもいいおまけ 他の客に迷惑をかけるのは止めましょうと言うお話

観に行った映画館に迷惑なおじさんがいたんで、そのことを書いておこうかなと思いまうす。別に糾弾したいわけではなくて、誰かに話したり、何処かに書いておかないと、精神的に辛いんで書いておくだけです。

青春の影」の入場特典は、完全ランダムなので、選べないわけなのですが、スタッフの方に難癖をつけて、自分で選んでいるおじさんがいました。もちろん、封書に入っているので、お目当てのものを得られるわけではないのですが、やはりいい感じではありません。スタッフの方は対応に困っていましたし、近くのお客さんに対し切れており、スタッフの方に八つ当たりするという有様でした。

そのおじさんは、上映終了後にも騒いでいました。上映中にガサガサと音がした。静かに見れないのか。金返せとのことでした。ぼくはそのような感じは受けなかったので、そのおじさんの勝手な思い込みだと思います。

別にオタクだからというわけではなく、人としてどうなのよ。一人の大人として、それは駄目でしょというお話でした。

続・劇場版公式サイト

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自分の人生においてトップ10に入る小説

読書 小説 横山秀夫 森見登美彦 乙一 辻村深月 宮下奈都 安東みきえ 小野不由美 桜庭一樹

Twitterで #自分の人生においてトップ10に入るゲームをあげてけ っていうハッシュタグが流行っていたので、ぼくもと思ったんですが、ぼくはゲームが苦手で10個も上げられるほどプレイしていません。それなら小説かなってことで書きました。Amazonの商品情報貼っつけてみたかったし。本棚作成機能を使って読書メーターの方でやっても良かったんですが、読み終わった本に登録したものしか登録できないのでやめました。読書メーターをやる前に読んだ本もあるので。

横山秀夫『ルパンの消息』

横山さんのデビュー作です。面白そうな小説を見つけたと言って、母が買ってきたのがこの本でした。この本を読むまでぼくがどんな本を読んでいたか記憶にありません。ですが、これを読んだ後に読んだ本は覚えています。ぼくの読書の好みはこの作品を堺に変わったと言っても過言ではないくらい衝撃的でした。

あらすじ紹介は苦手なので書きませんが。さすが横山作品だなという感じです。横山作品の良さというか癖がすべて詰まっています。現在でももちろん大好きですが、この作品を機にぼくは横山作品にのめり込んでいくことになります。

 

ルパンの消息 (光文社文庫)

ルパンの消息 (光文社文庫)

 

 

森見登美彦宵山万華鏡』

当時アニメ化もされたこともあり、『四畳半神話大系』が流行っていました。ぼくもご多分に漏れず『四畳半神話大系』を経て、森見さんのファンになりました。当時はアニメは観ていませんでしたが、アニメ化というポップはどこか魅力的でした。『四畳半神話大系』の次に読んだ森見作品が『宵山万華鏡』でした。装丁が綺麗。それが買った理由でした。

魅惑的で幻想的な世界観に魅了されたのを覚えています。『四畳半神話大系』のような自虐的な面白さではなく、作品の持つ世界観に閉じ込められていく面白さがありました。この作品の後に読んだ『太陽の塔』が決定打となって、ぼくは森見作品にのめり込んでいきました。

 

宵山万華鏡 (集英社文庫)

宵山万華鏡 (集英社文庫)

 

 

乙一『天帝妖狐』

初めて読んだ乙一作品は『GOTH』でした。集英社さんの夏の恒例キャンペーンである「ナツイチ」がきっかけで読みました。『GOTH 僕の章』に載っている「土」を読んでいる時、自分の首筋に痛みが走りました。ちょうど登場人物がシャープペンシルで自分の首を刺したことが書かれていたシーンを読んでいる時でした。ぼくは怖くなり二度と乙一作品は読むまいと心に決めました。

それから数ヶ月が経った時です。たまたま本屋で面白そうな本を見つけました。誰の本だろうかと表紙を見た時、ぼくは驚きました。乙一と書かれていたからです。当時のぼくは迷いました。二度とと読むまいと決めたのに。でも、凄く面白そうだし。何らかの運命的な何かを感じていましたし、これで最後だと自分に言い聞かせ買うことに決めました。これで最後ならついでにと、買ったのが『天帝妖狐』でした。

この本に収録されている「A MASKED BALL」を読んだ時、ぼくは思いました。この人の作品を二度と読まないというのは、あまりにも損していると。乙一さんの作品を読み漁ろうと。そして現在では乙一さんの大ファンとなり、新作がでるのを心待ちにし、新作を読んでは、乙一さんのファンになってよかった、あのとき偶然取ったの本が乙一さんの本で良かったと思うのです。

 

天帝妖狐 (集英社文庫)

天帝妖狐 (集英社文庫)

 

 

乙一『暗黒童話』

『天帝妖狐』の時に上げた偶然取った本がこの『暗黒童話』です。今までで最も読み返した本だと思います。いつ読んでもぼくはこの世界観に引き込まれ、読む度に泣いています。この作品はぼくにとって、乙一さんの原点であります。ぼくはこの作品に嵌り過ぎてしまっているので、いつまでもいつまでも幻想を追っているような気がしてなりません。それが良いことなのかは分かりませんが、ぼくはこの作品を胸に置きながら、これからもずっと乙一作品を読んでいく気がします。

ただ一つはっきりしているのは、ぼくは乙一さんの作品が好きだってことだけです。これからもずっと。

 

暗黒童話 (集英社文庫)

暗黒童話 (集英社文庫)

 

 

辻村深月『凍りのくじら』

ドラえもん好きは必読」そんな感じのことが書かれた可愛らしいポップに惹かれて買ったのがこの作品でした。中身はそんな可愛らしいポップとは正反対の重い作品でした。ページを捲る度に心がえぐられていきました。あんな辛い思いをしながら読んだ小説は初めてだったと思います。そして終盤のあの感じ。辻村作品の終盤を読んでいる時に感じるこの気持を的確に表せる言葉をぼくはまだ知りません。藻掻いても藻掻いても先の見えない暗闇の中で、突如現れるとっても小さな小さな光。そういった感情に近い気がしています。

この独特な感じが辻村作品の癖であることに気づくのはもう少し先の話です。

 

凍りのくじら (講談社文庫)

凍りのくじら (講談社文庫)

 

 

辻村深月『子どもたちは夜と遊ぶ』

当時、入学した大学の生協では辻村作品が平積みされていました。辻村作品の何が面白いのだろうかと思っていました。乙一さんの時ほどではありませんでしたが、『凍りのくじら』を読んだぼくは辻村さんの作品には少し気をつけたほうがよいと思ってたからです。改装前の生協は文庫本のコーナーがそこそこ広く、暇な時はよく通っていました。何度も何度も通ううちに、とうとうぼくはそのうち1冊を手に取りました。刷り込み効果というか何と言うか、通う度に目に入っていたので気になって気になって仕様がなかったのです。

『子どもたちは夜と遊ぶ』を読んだ時に感じた気持ちは、『凍りのくじら』のときと同じです。いや、あの時よりもっと辛かったかもしれません。ただ、読み終えた時の衝撃は今でも忘れません。ここでも言わずもがな、この作品を機に辻村作品に傾倒していくわけです。

 

子どもたちは夜と遊ぶ (上) (講談社文庫)

子どもたちは夜と遊ぶ (上) (講談社文庫)

 

 

子どもたちは夜と遊ぶ (下) (講談社文庫)

子どもたちは夜と遊ぶ (下) (講談社文庫)

 

 

宮下奈都『スコーレNo.4』

話が合う友だちがいなくて、ずうっと読書ばかりしていた高2,高3。その時に出会った作家さん、ーー横山秀夫さん、森見登美彦さん、乙一さん、辻村深月さんは、ぼくにとってかけがえのない人になりました。そういう意味で言えば、あの時の読書体験というのは、ぼくの人生の中でも大切なひとときだったと思います。

逆に大学に入ってから、嵌った作家さんの一人が宮下奈都さんです。どうして『スコーレNo.4』を読もうと思ったのか記憶にありません。はっきりと覚えているのは、この作品が宮下作品を好きになったきっかけだということです。

宮下さんの作品はどれも綺麗で温かいです。読み進めていくうちに包み込まれていく、そんな気持ちになります。この包み込まれていく感じは、当時のぼくには新鮮でした。宮下作品を好きになるまで、そう時間を要しませんでした。

 

スコーレNo.4 (光文社文庫)

スコーレNo.4 (光文社文庫)

 

 

小野不由美魔性の子

「多分、君なら面白いと思うと思うよ」こんな言葉とともに、先輩から貸してもらったのが『魔性の子』でした。正直な話、先輩には悪いのですが、そんなに面白いとは思わないだろうなと思っていました。人に本を薦めるのはなかなか難しいことは知っていましたから、逆もまた然りだろうというわけです。

蓋を開けてみれば、普通に嵌っていました。面白くて面白くて、ページを捲る手が止まりませんでした。そのことを先輩に告げると、とても嬉しそうでした。そして、次々と「十二国記」シリーズを貸して下さり、ぼくはそれを貪るように読みました。気づけばぼくは「十二国記」シリーズの虜になっていました。魅惑的な世界観の中でか細くも力強い登場人物の足音に、ぼくは今まで味わったことのない読書感を感じました。

 

魔性の子―十二国記 (新潮文庫 お 37-51 十二国記)

魔性の子―十二国記 (新潮文庫 お 37-51 十二国記)

 

 

安東みきえ『天のシーソー』

大学に入ってからは作家買いしかしていなかったのですが、久々にそうではない買い方をしたのがこの作品です。時間を潰していた本屋さんで偶然見つけました。どういうところに惹かれて買ったのかはよく覚えていません。ですが、買って良かった読んで良かった作品でした。

とても暖かく包み込まれていく感じを受けながら、読み進めていきました。ぼくは一人っ子なので、兄弟姉妹がいる感覚は分かりませんが、この姉妹の距離感は心地よく、話が進む度に大きくなっていく感じに心が温まりました。物語の無限大を実感した作品でもありました。

 

天のシーソー (ポプラ文庫ピュアフル)

天のシーソー (ポプラ文庫ピュアフル)

 

 

桜庭一樹砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

少女には向かない職業』と迷いましたが、こちらの作品のほうがぼくに与えた影響が大きい気がするので、こちらを選びました。角川さんの夏の恒例キャンペーンである「発見!角川文庫」で知った本でした。痛々しい作品で、その痛々しさがとても心地良かったです。

これを書いている現在、桜庭さんの本はあまり読んでいません。悩んでいるという感じです。今まで読んだ桜庭作品はどれも心地よい辛さがあり、好みではあるのですが、次が踏み出せない状況です。そういうこともあってか、書く内容が思いつかないのでここらで。

 

 

終わりに

好きな小説を10冊だけ選ぶのは難しいと思ったので、ぼくの読書感の転機となった作品を10冊選んでみたら、こうなりました。改めて自分の文章力の拙さに投げていますが、ここに上げた作品はどれも人気作品ですので、ぼくがここで紹介しなくても、もっと上手い人たちが紹介しているので、ぼくはこの程度でも充分かもしれません。

思い返してみれば、沢山の本を読んできたなという感じです。でもまだまだ読み足りないので、これからももっと本を読んでいきたいと思います。本当に読書が苦にならない性格で良かったな、読書が好きでよかったなと思います。

アイドルアニメにありがとうと言いたい

アイドルアニメ アイカツ! XENOGLOSSIA AKB0048 アニメ

環境が変わり、あまりの淋しさに耐えられなかったので、バンダイチャンネルに課金しました。アニメを観て淋しさを紛らわそうというわけです。まだ観ていなかったアイドルアニメを幾つか観たので、思いつくままに感想みたいなものを、だらだらと書こうかなと思います。

ありがとうアイカツ!

真っ先に観始めたのが「アイカツ!」。ぼくは(色々あって)3rdシーズンから観始めたので、早く1st、2ndシーズンを観なくてはと思っていました。でも、101話か~って思うと、なかなか観れなくて……。気づけば、半年。気づけば、「ありがとうアイカツ!」しか言わなくなった。ああ……。1話を観始めた時は、どれくらい掛かるのかと思っていましたが、1ヶ月も経たないうちに、101話を観終わっていました。恐ろしいものです。

101話まで観た中で一番印象に残っているのは、第7話「つぶやきにご用心」、第89話「あこがれは永遠に」も捨て難いですが、やはり第22話「アイドルオーラとカレンダーガール」ですかね。この回は多くの人が上げる気がします。ラジオのお悩み相談に対する星宮いちごの回答には泣きました。まぁ、泣きました。

まだ、1st、2ndシーズンを観ていなかった時、知り合いから3rdシーズンを新鮮な気持ちで観れるなんて羨ましいと言われました。でも、ぼくは悔しいと思いました。1st、2ndシーズンを踏まえての話が幾つかあるからです。1st、2ndシーズンを観ている人たちは、あのシーンは1st、2ndシーズンのこのシーンと対応している。そのようなことを言うわけです。確かに、3rdシーズンから観始めても話は通じますし、ちゃんと面白いです。でもやはり、ぼくだけ置いてかれているような、悲しい気持ちになりました。しかし101話観た今、彼の気持ちが分かります。あの新鮮な気持ちで3rdシーズンを観ていた頃に戻れないのは、悲しいと思うこともあります。

アイカツ!の良さは何なのか。これはぼくが書くまでもないでしょう。ぼくよりももっと上手い人たちが、きれいな文章で、熱い情熱を持って書いています。ぼくの駄文を読むより、そういう人たちの文章を読んだほうがきっと良いです。

ただ、はっきり言えるのは、アイカツ!を観ましょうということだけです。でも、さすがにこれはないので、気が向いたら纏めるかもです。

AKB0048

リアルタイムで観なかったことを後悔していた作品でした。これが見放題だったというのもバンダイチャンネルに課金した一つの要因です。端的に感想を言えば、観てよかったです。

もう少し詳しく言うと、1期最終話あたりは泣きました。2期は笑いが止まりませんでした。そして、2期最終回は言いたいことはあるが、良かったとは思う。そんな感じですかね。

書くべきか少し迷いますが、その言いたいことというのは凪沙と智恵理、友歌のことです。1期終盤当たりから何となくですが、凪沙は14代目前田敦子を襲名するのだろうという予感はありました。なので、智恵理はどうなるのかは気になっていました。AKB0048は凪沙と智恵理の2人体制です。パワーバランス、この言葉が正しいかわかりませんが、を考えれば、智恵理にも大きな称号が必要なのは分かります。でもさすがにあれはやり過ぎな気がしました。もう少しなんとかならなかったものかと思うのですが、ではどうすれば良いのかは思いつきませんでした。友歌と護の絡みは13話でかなり綺麗に描けていたと感じました。なのにどうして、また26話で掘り返すのか。せっかく綺麗に纏ったのに、台無しです。

言いたいことはこれぐらいです。まぁ鰐淵恵や26話の織音についても言いたいけど。

色々言いたいこと書きましたが、AKB0048は面白いです。観て損はないので、ぜひ観ましょう。

XENOGLOSSIA

アイドルアニメではないですが、普通に面白かったです。インターネット上でかなり叩かれていたので、どんなものかと思っていましたが、本当に面白かったです。本当に2007年のアニメかぁ~?とは思いましたが。まぁ、ぼくはアイドルマスターはあまり知りませんし、あまり思い入れもないですし、当時を知りませんしではありますが……。

10代の女の子をあれだけ綺麗に描いているアニメはなかなか無い気がします。どのキャラも丁寧に綺麗に描かれているからこそ、彼女らの行動一つ一つが切なく、苦しく、美しく感じました。

皆も観よう

観終わってから1ヶ月程経ってしまい、早く書かなきゃと思ったので、纏ってない酷い文章になりました。時間があればもう少し増やして、綺麗に纏めたいとは思っています。

ただ一つ言えることは、どれも面白いアニメですので観ましょうということです。別にアイドルアニメでなくても、アニメでなくても良いと思います。何か作品に触れて、だらだらと感想を書いて欲しいと思います。そういうところに作品に触れる意味があるとぼくは思います。

 

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