画面のこちら側

取り敢えず色々手を出してみる

灰羽連盟の日に寄せて

皆さんは「灰羽連盟」というアニメをご存知だろうか。灰羽連盟安倍吉俊さんの同人誌『オールドホームの灰羽達』を元に構成された作品で、2002年10月にフジテレビで放映されていた。また、2015年10月からフジテレビオンデマンドで配信が開始された。早くバンダイチャンネルdアニメストアでも配信を始めるんだよ。

灰羽連盟はどんなお話かというとなのだが、ぼくはあらすじを書くのが苦手で全くもって書けないので、うぃきぺでぃあ先生によるあらすじを紹介しようと思う。

 

高い空からまっすぐに落ちていく少女。やがて彼女は水に満たされた繭の中で目を覚ます。古びた建物の一室で彼女を迎えたのは背中に飛べない灰色の羽を持つ、「灰羽」と呼ばれる人物たち。繭の中で見ていた空を落ちる夢から、少女は「ラッカ」と名づけられる。

高い壁に囲まれたグリの街、灰羽たちの暮らすオールドホーム、そこでの仲間たちとの穏やかな日々。戸惑いながらも少しずつその生活に馴染んでいくラッカ。しかしやがて、短い夏の終わりに1つの別れが訪れる……。

灰羽連盟 - Wikipedia

 

 誰が書かれたのかは存じ上げませんが、参考になるあらすじですね(フジテレビオンデマンドのあらすじはあまり好きじゃないので)。さてこの灰羽連盟だが、1年と1ヶ月ほど前にファンの方がTwitterでこのようなtweetをされていた。

 

 

 

そして、本日はその冬至である。灰羽連盟の日である。灰羽連盟の日が冬至とは嬉しいことだ。ぼくの誕生日が冬至灰羽連盟の日になる年もあるのだから。そして、2016年の冬至はぼくの誕生日。これはもう書けと話師が言っている。灰羽の世界観にぴったりではないか。そこで、ぼくも灰羽連盟の日に寄せて、つらつらと書いていこうと思う。

……で、何を書けばいいんだろう? 灰羽連盟に関する考察はもう既にいろいろな人が書いている。ぼく程度が書いたところで、それらには遠く及ばないだろう。かと言って、絵心がありますか?と問われると、絶望的にない。ぼくに書けることは何なのか。考えてみた。

 

ぼくはどうして灰羽連盟を好きになったんだろう?

ぼくは灰羽連盟が大好きだ。思い出しただけで、涙がホロリと流れる。大好きだからこそ、多くの人にこの作品を観てもらいたいとすら思っている。誰もが好きになる作品なんてない。そんなことは分かっている。それでも、観てもらいたいのだ。少し怖いが、多くの人の感想が知りたいからだろう。

その前に、だ。ぼくはどうして灰羽連盟を好きになったんだろう? ぼくは好きになった理由を明確に言葉にするのが苦手だ。あれが嫌い、これが好き。そう感じるのは簡単なのに、どうして?と聞かれると、返答に窮してしまう。上手く言葉に出来ず、歯痒い思いをする。

だが、それでは駄目だ。人に勧めようという時に、自分が好きな理由を言えないではお話にならない。灰羽連盟を勧める前段階として、今回はそういうところを詰めていこうと思う。

 

謝罪と石を用意する時間

元々の予定では、ここから灰羽連盟のここがいいんだよねとか、だから灰羽連盟が好きなんだよねとか書くはずでした。大谷幸さんの楽曲がどうのだとか、時計屋の親方がああだの、色々と考えていたんです。でも、本当に色々とあって、気づけば冬至目前。諦めました。実験に修論よ、滅べ。本当にすいません。石でも礫でも投げて下さい。「この自堕落野郎! アニメばっか観てるからだろ!」と罵って下さい。文句は言ません。ぼくが悪いんですから。

 

第1話「繭 空を落ちる夢 オールドホーム」の美しさ

気を取り直してというか、第1話「繭 空を落ちる夢 オールドホーム」の凄さを書いていこうと思う。アニメを人に勧める時、取り敢えず1話だけでいいから観てくれ。そうしてから、判断してくれ。そう言うと思ったからだ。はじめからその話をすればよかった。

 第1話は完璧だ。無駄がなく、美しい。

物語は一人の少女が空から落ちてくるところが始まる。その少女の周りを飛ぶ1羽の烏。落ちていく少女に触れた烏は何を思ったのだろうか。劇伴として流れる「Ailes Grieses」が涙を誘う。「Ailes Grises」は仏語で〝灰色の羽〟を意味するように、灰羽連盟を表した曲だと言えるだろう。Ailes Criesesが流れる中、少女が落ちていくこの光景は、この物語を表しているんじゃないかと邪推してしまう。それだけ印象的な曲であり、印象的な始まり方だった。

舞台はオールドホームに移り、一人の少女が大きくなった繭を発見する(レキを少女と呼ぶのには違和感があるが、女性と呼ぶのも違和感がある)。繭から産まれる灰羽を楽しみにしていた5人。ここのシーンとこの後の産まれてきたラッカを囲むシーンで、5人の人となりや関係性がなんとなく分かる。

このなんとなくがいい。多くを説明されるわけでも、詳しい説明があるわけでもない。彼女らはラッカ(と視聴者)が分かっていると思って話している。だからこそ、彼女らの話からは全ては分からない。伝わってこない。ヒカリやカナたちが一度に話しかけしてまい、ラッカが困惑するシーンがある。何気ないシーンだが、大好きなシーンだ。

分からないのは彼女たちのことだけではない。グリの街、そして灰羽についてもあまり説明がない。あまり説明がないからこそ、ぼくらはラッカとともにグリの街に入っていけるのだ。ここで知りすぎていたら、ぼくらは第三者的な立場として、グリの街を漂っていただろう。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、灰羽たちは仕事に戻っていく。ラッカとレキを残して。ここからが圧巻だ。第1話は無駄がなく、美しいと書いた。それはここからの展開があるからだ。かすかな背中の痛み。うなされるほどの高熱。背中を破り生える灰色の羽。言葉にすれば(ぼくの文才のなさも相まって)、味気のないものだが、闇夜に映えた血に濡れた灰色の羽は美しい以外の言葉で語れない。始めて観たときはあまりの美しさに言葉を忘れ、涙さえ流れた。「Blight」がその美しさを加速させる。灰羽連盟を観終わり、blightの意味を知り、この一連の美しい〝羽化〟でBlightが流れた意味を考えざるを得ない。そして、その意味の自分なりの答えに辿り着たいとき、また泣いてしまうのだ。

羽化の後のレキがラッカの羽を綺麗にするシーンも素敵だ。レキの一挙手一投足の全てが愛おしい。綺麗な灰色だよ。白くも黒くもない綺麗な灰色。レキの科白が頭から離れない。

第1話は翌朝のシーンで終わる。無駄のない1話を観てきて、息をするのを忘れていても、ホッと一息つける一幕だ。寝癖に慌てふたむき、頬をふくらませるラッカが凄く可愛い微笑ましい。

ようこそ 私たちのオールドホームへ 

 

ここまで、勢いだけで第1話について語ってきた。どうだろうか。第1話の美しさが伝わっただろうか。灰羽連盟を観てみようと思ってくれただろうか。取り敢えず、1話だけでも観るかと思ってくれただろうか。

まぁ、伝わってないんじゃないかなと思う。酷い文章で何を言ってるか分からなかっただろうし、あまつさえ気持ち悪いとも思うだろう。無理もない。ぼくだってそう思うのだから。ただ、一つ言いたいのは灰羽連盟は本当に名作だから、是非観て欲しいってことだけだ。この一言を言いたいがために、何を書いてるのか分からなくなりながらも、こんな文章を書いたのだ。

 

最後に

灰羽連盟は答えを探す物語だ。一人の少女が傷つき、苦しみ、傷つけて。安易な答えを求め、自分で創り上げたハリボテの希望に縋り付く。そうして、また傷ついて、苦しんで、傷つけて。そうやって、辿り着いた、見つけ出した答えが、彼女に何をもたらすのか。彼女にとって何を意味するのか。それが、それこそが、灰羽連盟なのだ。

灰羽連盟のファンの中には、灰羽連盟を観た人達に対して、2周目を勧めてくる人達がいる。灰羽連盟は答えを探す物語だと言った。彼女が見つけ出した答えを知った上で、もう一度観返すと、また新しい灰羽連盟を観ることができるからだ。第1話はあまりの痛々しさに直視できなかった。灰羽連盟を観て、好きだなとか何かくるものがあったら、是非もう一度観返してみて欲しい。

灰羽連盟が大好きなんだ、観てみてくれないか。ただ、それだけを言いたいがために、こんな分かり辛く、気持ち悪い文章を書いてしまった。最後まで読んで下さった方、どうもありがとうございました。灰羽連盟を始めて知った方は是非観て欲しいし、もう知ってるよという方は温かい目で見て欲しいし、出来ればでいいので灰羽連盟に対する想いをどこかに書いて欲しいと思う。文章を書くということは楽しいことだ。そう思っているからだ。

あと、今日12月21日は冬至であり、灰羽連盟の日でもあるが、(最初の方にも書いたけど)ぼくの誕生日でもある。出来ればでいいので、誕生日おめでとうって言って下さい。来年は友達や彼女(頑張って作ろう)にリアルで祝ってもらうから。どうか、今年だけでも。

それから、こんな酷いブログ上で恐縮ではございますが、安倍吉俊先生、あべ由香理先生、第二子のご誕生おめでとう御座います。これからも、先生のご活躍を応援しています。

 

最後に、灰羽のみなさん、「灰羽連盟」の原作者である安倍吉俊先生、灰羽ファンのみなさん、こんな素敵な作品に出逢えて本当に嬉しいです。どうもありがとうございました。

参考

アニメ「灰羽連盟」の公式ホームページ。

灰羽連盟 ホームページ

 

アニメ「灰羽連盟」を配信している素晴らしい唯一の動画配信サイト。

fod.fujitv.co.jp